第三十話・細工

文字数 1,692文字

 手榴弾は教室内にいた三人にかなりのダメージを与えた。その証拠に銃の乱射がピタリと止んでいる。怪我の具合や生死については分からない。投げ込むと同時に逃げ、内部を確認していないからだ。

 校庭にいた安賀田(あがた)達からは砕けた窓ガラスが外へ飛び散る様が見えたが、教室内がどうなっているかまでは見えない。

 爆発音の後から銃声が聞こえなくなり、多奈辺(たなべ)はようやく顔を上げた。ずっと下を向いていたせいで眩暈(めまい)がする。こめかみを押さえながら、ゆっくりと車内を見回した。
 フロントガラスはひび割れだらけで酷い有り様だが、自分は車体やドアに守られていたおかげで無傷だった。
 敵の落とした小銃(ライフル)は銃弾を何発か受けて破損しており、渋々諦めた。シートの上に散らばるガラス片を払ってから運転席に座り直す。
 校舎から戻った二人に安賀田が声を掛けた。

三ノ瀬(みのせ)さん、さとる君、よくやってくれた。おかげで多奈辺さんが助かったよ」
「私はついてっただけで〜す! さとる君が華麗にキメてくれたのよ〜!」
「いや、俺はそんな……」

 (ねぎら)われ、さとるは照れ臭そうに笑って頭を下げた。

 大人に褒められることは珍しくなかった。
 学校の先生からは小言しか言われなかったが、バイト先の人たちはみな親切で優しかった。でも、本当に褒めてもらいたい相手からは何も言われなかった。

 あやこはバイトで稼いだ金を手渡す瞬間だけ機嫌良く笑顔を見せた。
 さとるが唯一好きな母親の表情。
 それが見たくて勉強もせずに働いた。学生は時給も低く、夜遅くまでは働けない。大した金額は稼げなかったが、それでも母親を喜ばせたい一心で頑張った。あやこが金にしか関心がないと理解した時は愕然としたけれど、それでも辞められなかった。

 車に乗り込む直前、ゆきえと目が合った。
 怪我のせいか顔色は悪かったが、さとるの視線に気付くと目を細めて笑い、軽く手を振ってくれた。
 その笑顔は今まで見てきた中で一番優しく思えて、さとるも笑い返した。満たされなかった過去の自分がほんの少しだけ報われた気がした。





 この場にいた見張りを全員無力化することに成功した。邪魔が入らないうちに地対艦ミサイルを破壊し、港に戻れば生きて帰れる。

「アレを破壊すれば仕事は終わりです。あと少し、頑張りましょう」

 安賀田が声を掛けると、全員が力強く頷いた。
 まず、車を校庭の中央に向けて止めねばならない。
 多奈辺の車は集中攻撃を受けた際に前輪がパンクしていたが、短い距離ならば走れる。ひび割れたフロントガラスのせいで前が見づらくなっている。そろそろと動かし、車の向きを変えた。
 近ければ近いほど当たる可能性が高くなるが、命中した後のことを考えれば離れた方がいい。標的のトラックから五十メートルほどの位置で向きを微調整しながら車を止め直す。

「さとる君、どうかな」
「もうちょいです」

 さとるは車の後部座席で、預かった手榴弾すべてに細工を施していた。三ノ瀬の応急処置セットからテーピング用テープを貰い、手榴弾のレバーをグッと押さえ込んだ状態でぐるぐる巻きにして固定した。全部巻き終えてから安全ピンを引き抜く。
 手榴弾はピンを抜くと数秒後に爆発するが、それは本体に取り付けられたレバーが外れて内部にある撃鉄が信管にぶつかり、起爆装置が作動するからだ。つまり、ピンが抜けてもレバーさえ外れなければ爆発しない。

 手持ちの手榴弾全ての細工を終え、さとるは自分の車を地対艦ミサイルのトラックのすぐ側に止めた。もちろん車体前方はトラックに向けている。全てのドアを開け放ち、給油口のキャップを外しておく。手榴弾を軽自動車の車内とトラックの荷台に置き、走ってみんなの元へと戻る。そして、事前の打ち合わせ通り右江田の車の後部座席に乗り込んだ。

「安全装置は解除したっすかー? あとは真ん中のボタン押すだけなんで、気負わずいきましょー!」
右江田(うえだ)君、これで撃てる?」
「そーそー! カンペキっす!!」

 右江田が車を降りて確認をして回る。彼の呑気な話し方に、全員苦笑いを浮かべた。緊迫した空気が霧散していく。

「……よし、やろう!」

 安賀田の声が校庭に響いた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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