第三十九話・唯一の武器

文字数 1,217文字

 右江田(うえだ)は焦っていた。
 スーツのポケットに入れたままの衛星電話がずっとブルブルと震えている。真栄島(まえじま)からの連絡だと分かっているのに出ることができない。
 それは、彼が現在運転中だからだ。

「うう〜、早く出たいのにぃ〜!」

 多奈辺を車から降ろした後、予定通り役場跡地を目指して進んでいたのだが、場所が分からなくなってしまったのだ。

 場所はゆきえが知っている。
 だから、さとるが運転する軽自動車が先頭、次に三ノ瀬、最後尾は右江田のオフロード車という順に走っていた。
 しかし途中後方から狙撃され、一旦脇道にそれてやり過ごしている間に先導車を見失ってしまった。
 合流地点ならみんなの車が固まって止まっているはず。そう思って辺りを探すが、さとると三ノ瀬の軽自動車も真栄島の軽トラックも見当たらず、右江田はずっと近辺を走り続けていた。突き当たりの交差点を左に曲がり、その後は狭い道をぐるぐると回っている。

 運転中は電話に出られない。
 これは彼が道路交通法を遵守しているからではなく、話すことに意識が向き過ぎると前方確認やハンドル操作が疎かになってしまうからだ。
 新しい指示を貰いたいが、迂闊に止まったらまた狙撃されてしまう。それを恐れ、出来るだけ安全そうな場所を求めて走り回った。

 そして、ようやく良さげなガレージを発見し、そこに頭から車を突っ込んだ。入り口以外の三方向はしっかりとした壁で囲まれている。車体を全部隠してしまえば見つかりにくい。
 右江田はすぐさま胸ポケットから震える衛星電話を取り出し、通話ボタンを連打した。

「真栄島さんッ!?」
『ざんねーん、私でしたぁ〜!』
「み、三ノ瀬(みのせ)センパイ……」

 先ほどからの着信は三ノ瀬からだった。

『ちょっと今どこに居るの』
「えーと、住宅街のどっか」
『どっかってドコよぉ〜!』
「わかんないっすよー!!」

 右江田は自分が今どこにいるのか把握していなかった。狙撃されないよう闇雲に走り回ったからだ。
 ようやく仲間の声が聞けたことで気が緩んだのか、声が震えてうまく話せない。それを察して、電話の向こうで話す相手が交替した。

『──右江田君、無事かい?』
「真栄島さぁん!」
『合流したいところだけど、口頭では説明しづらい場所だし、また変更があるかもしれないからやめておこう。()()は合流はせず、邪魔者を排除しながら港に向かってくれ』
「は、はいっ。でも、あの、」
『集合場所は港だからね。必ず来るんだよ』

 そこで通話は切れた。

 敵を倒して港を目指す。
 簡単なことではない。
 銃火器もない。
 それに、同乗していた多奈辺(たなべ)が自分と今一緒にいないことを報告しそびれてしまった。

 だが、明確な目標が出来たことで先ほどまでの不安な気持ちが全て消し飛んだ。新たな指示を脳内で何度も反芻し、自分の頬を両手のひらでパァン!と叩いて気合いを入れ直す。

 腰のホルスターにはアルミ合金製の特殊警棒。
 これが右江田の持つ唯一の武器。

「よーっし、やるか!!」
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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