第二十九話・奇襲

文字数 1,457文字

 廃校舎に逃げ込んだ敵方の三人は多奈辺(たなべ)のセダンを狙って小銃(ライフル)を乱射した。負傷した味方を守ろうとしたのか、動きが止まって狙いやすくなったからか。銃弾はボンネットに弾かれたり、全く見当違いの方へ飛んだものもあったが、幾つかはフロントガラスに命中した。
 貫通した銃弾が運転席や助手席のシートに当たり、穴を開ける。

 たまたま地面に落ちている小銃を拾おうとして身を屈めていた多奈辺は無傷だった。しかし、弾は伸ばした指先の僅か数センチ先を掠っていった。少しでも身を屈めるタイミングが違えば撃ち抜かれて死んでいた。身に迫る死の恐怖に、多奈辺は身体を起こすことが出来なくなった。開いたままの運転席のドアに身体を隠すようにしてじっとする他ない。

 現在、校舎から一番近いのは多奈辺のセダン。
 そこから十数メートル後方、山道から校庭に入る側の位置に安賀田(あがた)たちの車がある。先ほどの攻防の隙にこちらは全員が揃った。

 そして、校庭の中央には地対艦ミサイルが積まれている大型の軍用トラックがある。今回の最大の目的はこの兵器の破壊。

 まだ発射準備はされていない。
 見張りは四人、うち一人は無力化した。
 敵方の統制は取れていない。
 間違いなく今が好機。

 校舎に逃げ込んだ三人は一番近くにあるセダンを狙い撃ちにしている。そのせいで多奈辺は身動きひとつ出来ないが、攻撃が一箇所に集中しているため他への注意が散漫になっていた。

 五台の車が固まって止まり、小さな軽自動車は右江田(うえだ)のオフロード車や安賀田のSUV車の後ろに庇われている。故に、校舎からは見えない。
 さとると三ノ瀬(みのせ)はそっと車から降り、陰に隠れるようにして移動を開始した。敵方はまだ多奈辺のセダンばかりを撃ちまくっている。その様子を確認しながら下がり、校庭の端にある植え込みの中に身を隠した。そのままぐるりと回り込み、校舎側へと到達する。

 校舎の端にある非常扉は蝶つがい部分が外れて半開きになっていた。そこから内部に侵入し、音を立てぬよう細心の注意を払って廊下を進む。歩く度に木造校舎の廊下がギシリと音を立てるが、鳴り止まない銃声がさとる達の気配を消し、更にあちらの居場所を教えてくれた。

 一階にある教室のひとつ。
 入口の引き戸の隙間から内部を覗けば、窓枠に銃身を置いて撃ちまくる三人の男女の後ろ姿が見えた。この部屋が拠点のようだ。机や椅子は後ろに全て寄せられ、床には段ボール箱やカバンなどが無造作に置かれていた。食料や弾薬が入っているのだろう。予備の武器も見えた。

 周辺を警戒していた三ノ瀬から目配せをされ、さとるは小さく頷いた。
 上着のポケットから手榴弾を取り出し、右掌で本体とレバーをしっかり握り込んだ。そして安全ピンの輪っかに指を掛けて思い切り引き抜く。予想より力を込めねば抜けず戸惑ったが、ピンは無事本体から外れた。
 あとはこれを教室内に放り込むだけ。

 手榴弾を人に向かって投げればどうなるか。さとるは船にいる間に説明を受け、正しく認識していた。
 いざその時になったら躊躇するかもしれないと思っていたが、相手はこちらに敵意を向けており、現在も多奈辺の車に向かって発砲し続けている。言葉は通じず、何を言っているのかも分からない。


 それに、彼らの仲間は()()()()()()()()


 さとるは手榴弾を教室内に投げ込み、三ノ瀬と共に廊下を走って戻った。非常扉に辿り着く前に後方で爆発が起きる。何かが飛び散る音と悲鳴、ガラスが割れる音が響く。背後から迫る衝撃波を無視して、二人は振り向かずに校舎から転がり出た。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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