第四十一話・突き動かすもの

文字数 1,703文字

 右江田(うえだ)の車から降りて単独行動を始めた多奈辺(たなべ)は、空き家の内部に忍び込んである物を探していた。
 上着の内ポケットには拳銃、手には先ほど手に入れた古びた小銃(ライフル)を抱えている。武器はこの二つ。しかし多奈辺には銃撃戦の経験がなく、運動神経も鈍い。武器を活かすだけの資質や素養はない。
 だから頭を使わねばならない。

「──お、あったあった。やっぱり海が近いとこだから探せばあるもんだなあ」

 目当ての物を見つけ、多奈辺はフッと笑った。
 これは彼に馴染みの深いもの。取り扱いにも慣れているが、今回は()()()()()()()()()使()()()()()()

 建物と生垣の間。
 細い路地。
 建物と建物の間。

 車が通れないほど狭い場所は人が身を隠して進むには適している。それ故に、追っ手もそういう場所を好んで通るだろうと予想出来た。

 ざく、ざく、と砂利を踏みしめる音に耳を傾け、多奈辺はじっとその時を待った。
 徐々に近付いてくる足音は二人分。
 恐らく港付近の交差点から走行中のオフロード車を狙撃した者達が追って来たのだろう。つまり、銃を所持している。まともにやり合えば多奈辺に勝ち目はない。
 だから罠を仕掛けた。
 追っ手の一人が何かに足を取られ、たたらを踏んだ。地面から十センチくらいの低い位置にピンと張られていたのは釣り糸。糸に引っ掛かって(つまず)き掛けるが、その程度で転倒するほど体幹は弱くない。すぐに体勢を整え、二人は周辺を警戒した。
 次の瞬間、目の前に大きな何かが通り過ぎ、彼らは咄嗟に銃を構えて何発も撃った──が、手応えがない。困惑する二人が『何か』に気を取られている隙をつき、待ち構えていた多奈辺が引鉄(ひきがね)を引いた。

 何発かの銃声の後、二人は倒れた。
 一人は腹に、もう一人は脚と腰に銃弾を受けた。大きな悲鳴をあげることもなく、浅く早い呼吸を繰り返し、びくびくと痙攣を起こしている。
 血を流して横たわる軍服姿の二人を確認してから、多奈辺は空き家のベランダの柵に凭れて安堵の溜め息をついた。




 仕掛けた罠は二つ。
 釣り糸を使った足止め。
 古着を用いた(デコイ)

 娯楽も何もなさそうなこの小さな島で出来るのは釣りくらいなもの。だから、どの家にも釣り具があるだろうと踏んで家捜しをした。読み通り、何軒目かで目的のものを入手することが出来た。
 釣り糸は運良く未開封。最低でも数年は放置されていたものだが保存状態は良く、劣化も気にならない程度。
 透明な糸は低い位置、しかも陽の当たらない場所に張れば目立たない。狭い路地は仕掛けるのにうってつけだった。
 何ヶ所かに分けて仕掛け、近付く足音を頼りに狙撃ポイントへ移動。足止め出来た時を見計らって上からハンガーに掛けたままの古着を投げ落とす。

 最大限に警戒していた追っ手の二人は目の前に現れたソレに過剰に反応し、結果として隙だらけとなった。
 あとは離れた場所から狙い撃つだけ。
 ぶっつけ本番で使用した古びた小銃(ライフル)は拳銃よりも引鉄が硬く、衝撃も音も段違いに大きかった。装填されていた弾を使い果たし、多奈辺は十分に欲を満たした。
 その次に、倒れた二人の足元に転がる狙撃銃に目が行った。現役の兵士が使う銃はどんな使い心地だろう。好奇心が警戒心に僅かに勝った。

 空き家から出て現場に向かう。
 ほぼ虫の息の二人を横目に、多奈辺は落ちている銃に手を伸ばした。一つは銃身にべったりと血が付いていたため、綺麗なほうを拾い上げる。ずっしりとした重量感に思わず表情を綻ばせ、多奈辺はそれを大事そうに胸に抱えた。




 その場から離れるために歩き始めた多奈辺は、ふと背中に熱いものを感じて立ち止まった。

「あ、あれ……?」

 ぼたぼたと口の端から溢れ落ちる液体を手の甲で拭い、目の前に掲げてみる。赤い。これは何だろう、と考えているうちに、がくりと膝が折れた。地面に倒れ込んだ拍子に頬に砂利がめり込むが、多奈辺は痛みを感じなかった。

 倒したと思っていた二人の追っ手のうち、一人はかろうじて意識があった。死んだフリをして多奈辺が背を向けるのを待ち、残された血塗れの銃を用いて撃ち抜いたのだ。




「ひ、ひな……、……」




 絶命するその瞬間まで、多奈辺は銃から手を離さなかった。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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