第十八話・戦争の発端

文字数 1,899文字

 ひと通り武器の扱い方を教わった後、再び畳スペースへと戻る。緊張がほぐれたからか、四人は徐々に打ち解けていった。

 しかし、さとるは船に乗ること自体が初めてで、しばらくして船酔いの症状を訴えてきた。三ノ瀬(みのせ)から酔い止めを貰って飲み、吐き気やめまいがおさまると共に眠りにつく。その様子を見て、安賀田(あがた)多奈辺(たなべ)はフッと笑った。
 しかし、その笑顔もすぐに消える。

「こんな若い子が危ない所に行くなんてなあ」
「ですね。事情はあるようだけど」

 ここにいる協力者四人、そして勧誘員の三人は、これから命を懸けて戦わねばならない。生きて帰れる保証はないと最初から言われている。この船には覚悟を決めた者しか乗れない。

「バスで迎えに行った時、母親らしき人が外で喚いてましたよね。あの時、この子も弟さんもすごく怯えていて……なんだか気の毒で」

 ゆきえは眠るさとるの顔を覗き込みながら呟いた。体格は大人と変わらないが、顔立ちはまだ幼さが残っている。自然と手が伸び、髪を数度撫でる。娘の柔らかな髪とは違う感触に、彼女の表情は暗くなった。

「彼に関しては完全にイレギュラーでしたからね。本来は母親に協力要請するつもりだったんですが色々ありまして、急遽さとる君にお願いする事になったんです。そうでなければ、二十歳(はたち)の子にこんな事は頼みたくなかったのですが」
「……二十歳かぁ、若いなあ」
「未成年かと思った」
「いや、流石に未成年にこんな話出来ませんよ」

 真栄島(まえじま)の弁明に他の三人は溜め息をついた。妻や子、孫を守るために自分を犠牲にすると決断したことに後悔はない。だが、さとるのような若い青年がこんな危険なことに関わっている事実は受け入れ難かった。

「それにしても、戦争かあ。まさかそんなものに自分が首を突っ込むことになるとはねぇ」

 一番年配の多奈辺がため息混じりに呟くと、ゆきえと安賀田も同意した。

「私もまだ実感ないです。この目で改造された車とか手榴弾を見ても、なんだか悪い夢みたいで」
「ですね。戦争なんて教科書でしか知らないし」

 日本は平和な国だった。少なくとも、第二次世界大戦以降から最近に至るまでは。核によって甚大な被害を受けた日本は戦争の悲惨さを訴え続け、防衛に必要な戦力以外を持たずにきた。
 それが裏目になるとも知らずに。

「そもそも、なんで戦争が起きるんですか。それくらい教えてもらってもいいですよね?」
「原因はひとつではありません。領土問題、海底資源、人種差別、宗教の違い、先の大戦の遺恨。それらが複雑に絡み合い、今になって爆発しそうになっているのです」

 日本は四方を海に囲まれた島国である。国土は狭いが、排他的経済水域の広さは世界でも上位に入る。その基線となる島の領土権を巡り、昔から近隣国との諍いが絶えなかった。その海域での新たな資源の発見。これが争いに拍車をかけた。
 それだけではない。
 個人が情報や意見を発信出来るSNSの普及により、偏った政治思想の持ち主の偏った意見が全世界に拡散された。人種差別、宗教否定。友好的だった国との関係にまで亀裂が入った。
 国の代表者が表立って対立しているうちはまだ良かった。徐々に報道はなりを潜め、一見収まったかのように思われた。

 だが、そうではなかった。
 水面下で戦争の準備は始まっていたのだ。

「それを察知した政府は、周辺の国々を刺激しないよう秘密裏に動き始めました。冷戦時代に造られたシェルターを改装して使えるようにし、自衛隊や警察組織を一切動かさずに敵の動きを封じる策を講じたのです」
「……それが、私達……?」
「そうです。我々が向かう島以外にも、敵対国が拠点を形成した場所が十数ヶ所判明しています。貴方がたの他に、全国で百名以上の民間人の方に協力していただいております」

 シェルターでは他のマイクロバスとすれ違った。あの中にも協力者達が乗っていた。その全員が家族の保護と引き換えに戦場に向かっている。

「生きて帰れないと言いましたが、この奇襲作戦がうまくいけば帰れます。私たちもまだ死ぬつもりはありません」
「真栄島さん……」

 働き次第では生きて帰れるかもしれない。その為には、不慣れな武器を使って作戦を成功させなくてはならない。

 眠るさとるを見守りながら、せめて彼だけでも、と安賀田は思う。ちえことの間にもし子どもがいたら、ちょうどさとるくらいではないかと夢想したからだ。
 彼の母親はどうやら子どもたちを大事にしてこなかったらしい。どんなに望んでも授からなかった側からしてみれば酷い話だが、これが現実である。子は親を選べない。

 必ず任務を成功させて、全員で生きて帰る。
 安賀田は決意を固めた。
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登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

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