第十八話・戦争の発端
文字数 1,899文字
しかし、さとるは船に乗ること自体が初めてで、しばらくして船酔いの症状を訴えてきた。
しかし、その笑顔もすぐに消える。
「こんな若い子が危ない所に行くなんてなあ」
「ですね。事情はあるようだけど」
ここにいる協力者四人、そして勧誘員の三人は、これから命を懸けて戦わねばならない。生きて帰れる保証はないと最初から言われている。この船には覚悟を決めた者しか乗れない。
「バスで迎えに行った時、母親らしき人が外で喚いてましたよね。あの時、この子も弟さんもすごく怯えていて……なんだか気の毒で」
ゆきえは眠るさとるの顔を覗き込みながら呟いた。体格は大人と変わらないが、顔立ちはまだ幼さが残っている。自然と手が伸び、髪を数度撫でる。娘の柔らかな髪とは違う感触に、彼女の表情は暗くなった。
「彼に関しては完全にイレギュラーでしたからね。本来は母親に協力要請するつもりだったんですが色々ありまして、急遽さとる君にお願いする事になったんです。そうでなければ、
「……二十歳かぁ、若いなあ」
「未成年かと思った」
「いや、流石に未成年にこんな話出来ませんよ」
「それにしても、戦争かあ。まさかそんなものに自分が首を突っ込むことになるとはねぇ」
一番年配の多奈辺がため息混じりに呟くと、ゆきえと安賀田も同意した。
「私もまだ実感ないです。この目で改造された車とか手榴弾を見ても、なんだか悪い夢みたいで」
「ですね。戦争なんて教科書でしか知らないし」
日本は平和な国だった。少なくとも、第二次世界大戦以降から最近に至るまでは。核によって甚大な被害を受けた日本は戦争の悲惨さを訴え続け、防衛に必要な戦力以外を持たずにきた。
それが裏目になるとも知らずに。
「そもそも、なんで戦争が起きるんですか。それくらい教えてもらってもいいですよね?」
「原因はひとつではありません。領土問題、海底資源、人種差別、宗教の違い、先の大戦の遺恨。それらが複雑に絡み合い、今になって爆発しそうになっているのです」
日本は四方を海に囲まれた島国である。国土は狭いが、排他的経済水域の広さは世界でも上位に入る。その基線となる島の領土権を巡り、昔から近隣国との諍いが絶えなかった。その海域での新たな資源の発見。これが争いに拍車をかけた。
それだけではない。
個人が情報や意見を発信出来るSNSの普及により、偏った政治思想の持ち主の偏った意見が全世界に拡散された。人種差別、宗教否定。友好的だった国との関係にまで亀裂が入った。
国の代表者が表立って対立しているうちはまだ良かった。徐々に報道はなりを潜め、一見収まったかのように思われた。
だが、そうではなかった。
水面下で戦争の準備は始まっていたのだ。
「それを察知した政府は、周辺の国々を刺激しないよう秘密裏に動き始めました。冷戦時代に造られたシェルターを改装して使えるようにし、自衛隊や警察組織を一切動かさずに敵の動きを封じる策を講じたのです」
「……それが、私達……?」
「そうです。我々が向かう島以外にも、敵対国が拠点を形成した場所が十数ヶ所判明しています。貴方がたの他に、全国で百名以上の民間人の方に協力していただいております」
シェルターでは他のマイクロバスとすれ違った。あの中にも協力者達が乗っていた。その全員が家族の保護と引き換えに戦場に向かっている。
「生きて帰れないと言いましたが、この奇襲作戦がうまくいけば帰れます。私たちもまだ死ぬつもりはありません」
「真栄島さん……」
働き次第では生きて帰れるかもしれない。その為には、不慣れな武器を使って作戦を成功させなくてはならない。
眠るさとるを見守りながら、せめて彼だけでも、と安賀田は思う。ちえことの間にもし子どもがいたら、ちょうどさとるくらいではないかと夢想したからだ。
彼の母親はどうやら子どもたちを大事にしてこなかったらしい。どんなに望んでも授からなかった側からしてみれば酷い話だが、これが現実である。子は親を選べない。
必ず任務を成功させて、全員で生きて帰る。
安賀田は決意を固めた。