第四十五話・心の傷

文字数 1,471文字

 役場跡地にいた兵士を全員片付けてから、さとると三ノ瀬(みのせ)は休憩場所の空き地へと一旦戻った。無傷で戻った二人の姿に、真栄島(まえじま)もゆきえも安堵した。

 これから車で港へ向かうのだが、まだ敵が残っている可能性がある。さとるがそれを指摘すると、真栄島は余裕の笑みを見せた。

「大丈夫、あっちにはアリ君がいるからね」
「そうでしたね。……、……でも」

 この島に来る時に乗ってきた小型の自動車運搬船。そこにアリは残った。先ほど通り掛かった時、敵の船が横付けされていた。真っ先に制圧されていてもおかしくない。そうでなくともアリはあちらの国の人間だ。寝返る恐れもある。

「心配は要りません。彼は信頼のおける仲間ですから」

 不安に思う気持ちを察したか、真栄島はキッパリと言い切った。





 三台の車が住宅街の道を並んで走る。
 先頭は真栄島の軽トラック。続いて、さとるとゆきえの軽自動車、最後尾は三ノ瀬だ。

 役場跡地付近に差し掛かった時、窓の外の光景を見て、ゆきえは咄嗟に顔を背けた。辺りに転がる死体と血痕が目に入ったからだ。
 さとるは戦果を褒めてもらいたかったが、それどころではないと判断し、何も言わずに惨状の広がる道路を通り過ぎて交差点を曲がった。
 もう付近に敵はいないのだろう。
 襲われることもなく、三台の車は島のメインストリートを順調に南下していった。
 しかしその途中、先頭を走る軽トラックが急ブレーキを踏んで止まった。後ろの二台も慌てて止まる。

右江田(うえだ)君!」

 真栄島が止まったのは、港に向かってトボトボと歩く右江田の姿を見つけたからだった。すぐに車から降りて駆け寄ると、虚ろな表情の右江田が振り返った。

 真栄島の姿を見て、右江田の目がグワッと見開かれた。暗い表情が掻き消え、満面の笑みを浮かべている。彼は何か大きなものを担いでいた。

「ま、真栄島さぁん!」
「良かった、無事だったんだね」
「ハイッ、()()無事です!」

 笑っているが、顔色が悪い。
 スーツの上着やズボンの裾に血が付いている。どこか怪我をしているかと思ったが、全て返り血のようだ。腰のホルスターに仕舞われた警棒からも血が滴り落ちている。
 さとると三ノ瀬は車に乗ったまま、窓を開けて二人の会話を聞いていた。決して狭くはないこの島で、一旦離れた仲間とすんなり合流できたのは運が良い。

「……おや、多奈辺(たなべ)さんは」
「ああ、一緒ですよ」

 真栄島の問いに、右江田は笑顔のまま『抱えていたもの』を少し掲げて見せた。それは、毛布に包まれた遺体だった。

「俺ら一度別行動してたんすよ。後で別れた場所を中心に探してたら民家の庭先で倒れてて。……多奈辺さん、一人で二人も倒してました。すごいですよ」
「……そうか」

 毛布からだらりとはみ出ているのは、男性の腕。ちらりと覗く袖口には見覚えがあった。多奈辺の上着だ。手の甲には乾いた血がべっとりと付着している。

「……っ、」

 少し離れた車の中からそれを見たゆきえは口元を手で覆い、声を上げるのを必死に堪えた。

「い、一緒に、港に行かなきゃって、だから、俺」

 それまで笑顔だった右江田は、だんだんと声のトーンを落とし、次の言葉がつっかえるようになっていった。口角を上げて笑おうと努めているが、傍目から見ても無理をしているのが伝わってくる。



()()は邪魔者を排除しながら港に向かってくれ』



 彼は、真栄島の指示を忠実に守ろうとしていたのだ。

「……よく多奈辺さんを見つけてくれた。右江田君、頑張ってくれてありがとう」
「う、うう……ッ!」

 労いの言葉と共に背中を優しく撫でられ、右江田は堰を切ったように泣き始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

堂山ゆきえ(31歳)


保護政策推進計画『協力者』

保険代理店に勤務

昨年モラハラ夫と協議離婚

シングルマザー

娘のみゆき(2歳)と2人暮らし

安賀田まさし(48歳)


保護政策推進計画『協力者』

自動車部品メーカー勤務の会社員

妻ちえこ(50歳)と2人暮らし

難病の妻の看病のため勤務時間減少

そのため、社内での立場は弱い

多奈辺さぶろう(59歳)


保護政策推進計画『協力者』

工事現場の交通誘導員

孫のひなた(8歳)と2人暮らし

息子夫婦と妻を亡くしている

おっとりしていて争い事を嫌う

井和屋さとる(20歳)


保護政策推進計画『協力者』

昼間は工場、夜は居酒屋で働く

実家から出て1人暮らし

毎日弟の世話をしに実家に立ち寄る

母親から搾取されている

真栄島のぼる(59歳)


保護政策推進課『勧誘員』

穏やかな老紳士


三ノ瀬りん(31歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

常に明るくポジティブな性格

とある趣味を持っている

右江田しんじ(29歳)


保護政策推進課『勧誘員補佐』

独身、1人暮らし

高身長の強面のため教師の夢を断念

三ノ瀬を先輩として慕っている

杜井やえか(39歳)


保護政策推進課『勧誘員』

夫と死別、子どもと2人暮らし

キャリアウーマン風

葵久地れい(27歳)


保護政策推進課『情報担当』

独身、実家暮らし

長い黒髪、メガネ

情報収集、情報操作が得意

アリ(年齢不詳)


保護政策推進課『技師』

日系二世

トレードマークは入れ墨

船の操縦、車の改造を担当

江之木まさつぐ(39才)


保護政策推進計画『協力者』

会社員

りくと(14才)と二人暮らし

妻とは死別

多奈辺ひなた(8才)


保護政策推進計画『保護対象者』

多奈辺の孫娘、小学生

両親を交通事故で亡くしている

祖父と二人暮らし

井和屋みつる(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

さとるの弟、中学生

母親と二人暮らし

育児放棄気味の母より兄が好き

江之木りくと(14才)


保護政策推進計画『保護対象者』

江之木の一人息子、中学生

母親はりくと出産時に死亡

みつるとは塾で友達になった

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み