第77話

文字数 2,180文字

躊躇なく水風呂に入り、談話は進む。
水風呂……。

入りやすい。

水が柔らかいのか。

いい水だな。

汚れがよく落ちそうな。

循環能力に期待。
プール付きの家に憧れたが、きみのツイートで冷めた。

掃除が大変で苔が湧くと。

屋外プールだぞ。

学校のプールを思い出せば直ぐに分かることだ。

冬のプールの水の色!

確かに。

明るい緑だ。

笑った。

大いに。

苔か。

塩素を撒いても湧くね。

塩素なんてすぐに抜けるし、空気中の苔の粒子を水がキャッチしてあっという間に増殖する。

鯉を飼っても追いつかない。

ヌマエビを大漁に放ってやっとキレイになるレベル。

鯉を?

いいな。

飼いたい。

にいさん、死語の世界の家の庭に池がある。

そこで金魚を飼っているよ。

たまに病気の子が出るので、その子は外に放り出してそのままにしている。

その内に死ぬと。

池から出せば、そりゃな。
笑ったが。

わざわざ手を下すまでもないってことか。

アクアリウムで使う手だ。

水槽から出して放置。

腐った蜜柑みたいに、周囲に病気が蔓延するより遥かにいいだろう。

なるほど。

使おう。

アクアリウム?

魚を飼っているのか?

いや。

昔の話。

金がかかって仕方ないので、やらない。

猫に食われるし。

猫に?

本当に?

ベタとか即やられたが。

案外猫の手は器用だ。

自在に使おうとしてはいけないものだが。

猫の手も借りたい。

しかし自由は利かない。

深いな。

ベタ!

死ぬよな、やはり。

ワイングラスで。

分からん。

猫にすぐに殺されたから。

カルキは抜いたか?

カルキ抜き?

してなかったな。

必要だったか。

汲み置きでいいが。
そんな基本的な知識もないのか。

アクアリウムの経験はないのか。

金魚すくいとか。

小さい水槽で、ネオンテトラから始めると癒されるよ。

ポンプと砂利。

砂利は100均の麦飯石でいいが。

水草はプラスチックでいいよ。

餌を忘れずに。

餌?

ご飯と言え!

お魚さんに、美味しいご飯をあげてね。

毎日ひとつまみだよ。

それでよし!
育ちがでているな。
ネオンテトラ数匹なら、ああ。

なんにんかなら、100均の水槽でも良さそうだ。

如何にも金魚鉢って感じの。

プラスチック製が気になるなら仕方ないが。

お魚さん、なんにんか?

丁寧過ぎるな。

しかしOKだ。

カルキ抜きの石は信用していない。

麦飯石を入れるなら安心だが、やはり汲み置きだな。

麦飯石の水は健康にいいよ。

あとは、クリスタルの水だ。

水晶を水に漬けて、その水を飲むとケイ素の補給になる。

ピッチャーに冷蔵庫保存で充分だが。

何度もやった。

健康になった。

クリスタル水な。

クリスタル水。

キレイな響き過ぎて。

氷の白湯も、これで。
きれい過ぎて。

響きが。

好き。

凄い。

出るか。

お湯に入ろう。

水風呂から出ると、再び浴槽に身を沈める。

全身の血管が拡張し、チクチクした。

このチクチクに何度助けられたか。

本当に元気になれたよ。

湯治の底力というのか。

子どもの頃は、なんであんなものに、と思ったけどな。
鹿児島の子どもはほぼ全員、躊躇なく水風呂に入っていた。

アキレスの修業かと思ったよ。

ここでアキレスを出すのはな。

流石だよ。

アキレスの?

なんだ?

ギリシア神話。

トロイの木馬から。

主人公の親友のアキレスは、生まれてすぐに母親から鍛錬を受けた。

冷たい水に全身を浸けて、身体を鍛えるというもの。

そのお陰でアキレスは超人的な強さを誇っていた。

しかし母親はアキレスの足首を持ったまま冷水修業を行っていたので、アキレスは足首だけ人間と同じ弱いままだった。

アキレスは弱点の足首に矢を射られて死んだ。

後にアキレス腱と呼ばれる部位である。

アキレス腱か。

切れたら歩けなくなるという。

これは忘れていたよ。

母親の怠慢だ。

子の足首を持って冷たい川の水に浸けるなんて、虐待だろう。

しかも離さなかったなんて。

一緒に入るんだよ。

全く。

そういうとこ、な。
離さなかったのか。

有り得ない話だな。

そうだな。

一緒に水浴びをするんだよな。

そう考えると、アキレスは母親からの愛情が不足していたとも捉える事が可能だ。

悲しみからの勢いのまま、戦地で武器を振り回していた。

戦地で武器を振り回して……。

そんな心理。

イタリア軍が、戦地で母を想って泣いた話があるだろう。

これはごく普通の心理だ。

母の情が厚いのだろう。

平和な国なんだよ、本来は。

泣くわ。
お母さん……。
重い認知症患者も、男女問わず母を想って泣くぞ。

みんなだ。

記憶も無くしつつあるが、とうに亡くなった母親だけは覚えていて。

そんな……。

辞めて。

涙が。

そんな。

そういうのを見てきたのか、きみは。

そうだよ。

かーちゃん、と泣く人をなんとか慰められないかと悩んだ。

結果、お母さんに会いたいね、としか返せず。

故郷の話を少し傾聴して。

傾聴な。

これが出来ない、分からない人が多過ぎて。

泣いた。

本当に。

君は、本物だと思ったよ。

看護も。

看護は流れ作業だからな。

こういうのは介護で経験する。

どんなにナイチンゲール看護覚書に素晴らしい事が書いてあっても、全ての看護師が同じ想念を以て業務にあたれるとは限らない。

お前は本当に、何者なんだ。

想念とか!

神性領域への侵入を果たすと、普通の感覚になるよ。

看護は厳しい環境に立ち向かう根性を養うのによかった。

介護もキツイけど。

職場の人がダラッと休んでいる。

疲労が強くて。

理論的なようで抜けていて、それがいい。
波羅蜜って、最高だな。

死は幸いなり。

分かったよ。

やがてほぐれた身体を、そのままたゆたう湯に晒した。
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登場人物紹介

シールック

シリウス

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スクナヒコナ

ミゾレ

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