048 治癒魔法は軍事能力あつかいなので
文字数 1,997文字
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ウタビィが用意してくれた服に、ぱっぱと着替えたヴォロプと照壬は、行務棟の一階中程に併設されていたビストロで、日替わりの夜定食と呼べそうな夕餉 を御馳走になり、舌鼓までうたせてももらう。
そののちウタビィに連れられて、腹ごなしもかねた見舞いと託 けての面会へと赴くことになった。
──しかしながら、教会の療養部屋に運ばれていたワイヴァーン使いは、照壬たちにもお手上げ。
静まり返った染色作業舎の数区画を、ランタンの明かり一つで突っきっての道すがら、ウタビィとヴォロプから聞いた背恰好と印象などから、照壬には、おそらく歳が近い人素族女子だろうとしかイメージできない人物。
だがそれは、ウンともスンとも言わないどころか身動ぎもしない、まさに人が横たわっているように見えるだけの物体も同然だった。
何ぶん、ブランケットを頭から被ってベッドに俯 せで寝ている上、顔を、埋めた枕から上げるつもりは断固ないらしく、ヴォロプの容赦ない譴責 にも、不平の唸り声一つあげない完全黙止および静止を貫くというあり様。
その彼女の治療には、これをおいてほかにないと言う、エフトニュートによる手当がされているからでもあった。
照壬はエフトニュートを、イモリ止まりかオオサンショウウオに育つかがまだわからない、再生能力が高い両生類の幼生体と理解する。
拳サイズのそれを十数匹、生きたまま丸ごと擂り潰したグロエグいミンチを、臀部に堆 く塗り盛られ、包帯でグルグル巻きに固定されている状態であることを考慮すれば、ワイヴァーン使いの履き違えた頑なな態度も、照壬には納得できてしまえそう。
「なぁヴォロプ、もうそれくらいにしといてやりなよ。こんな様にしちまったオレに免じて。この人のお蔭で、国に帰れるきっかけができたと思えばいいんじゃないかな?」
「ウルサイわね~、悪いことした人を簡単に許しちゃダメなのっ。ここの兼番村民に告言したり、国の警兵には突き出さない分、散散言っておいてあげなくちゃ、またスグ何の心疚 しさも湧かずに、ワイヴァーンを悪いことに使うに決まってるんだし」
「……だけど、一度逃げ出したワイヴァーンは、帰巣本能で生まれ育った土地へ戻っちまうんだろ? だからこの人も、一番近かったここを頼るしかなかったわけで──」
「揚げ足とらないのっ。悪い連中のありがちな性根の悪さを言ってるだけなんだし、何よりアタシの気が済まないでしょっ」
「そ? いや、そっか……」
「何が、そっかなのっ? 常識が違うんだからまったくぅ」
腹癒せが自分へ向いては堪らない、照壬は視線をベッドの人の形をした膨らみへと戻す。
「なら、まぁ、オレも謝らないよ、悪いのはあんたなんだからな。またオレの前で悪いことをやらかせば、お次はケツを四つに割ってやるまでだしな。だけど、治療費の心配はしないでいいから、焦らずしっかり治してくれ」
「何フォ~なこと言い出しちゃってるの! ウタビィがガンバってくれても、きっと旅費はギリギリだわっ。それもフィンテルンの振出ブーラが通用する所を経由して、ウタビィに家ぬけの疑惑がかからない額を、チビチビと引き出すことになるんだから」
「……そ、なのか?」
「ギリギリの連続で綱渡りの旅路だってこと、全然わかってなかったわけっ?」
ヴォロプの剣幕が、照壬に対してもワイヴァーン使いと同レヴェルになり、照壬はとりあえず「ブーラって、通帳か手形みたいな物だったよな?」と話を脱線させた。
「知らないわよ。ブーラは目的によっていろいろ、モネタを引き出したり預けたり、借りたり貸したりできるけど、ブーラはブーラなのっ」
「まぁしっかりわかっているから、オレでまで気を晴らすのやめてくれないかなぁ」
「フン。晴れる気すらしないぃ」
「……晩メシの時に聞いただろ? オレの持物だけじゃなく知識も売れるってことを。それでたぶん治療費だけじゃなく、この人が悪事から足を洗える額が稼げるようにもなるんじゃないかな? 無論この人のヤル気次第だけどな、この人ならやれるはずだ、ソツなくな」
「ガチにっ? てか、テルミにそんな知識があるなんて、全っ然っ思えないんだけど~」
ほかのベットに療養者がいないことが助長させ、剣幕の次は蔑 みまでが全開となるヴォロプに、照壬は、女子の心任せな止め処なさが思い出されて怖 ど顫 えてきそうになる。
「……ならいいだろ、好きにさせてくれよ。そもそも旅費なんて、ヴォロプ一人分あれば済む問題だったんだ。オレは衛護役で寛ぐわけにはいかないから、どこで寝たって同じことだし」
「ガチで呆れちゃうぅ」
「第一、湯船に浸かれないなら、水浴びで充分だし、テキトーに狩って喰えばいいんだしな。小汚くなったら、ちゃんと離れて歩くから心配すんな」
「てか、小汚くなんかなったら、テルミからも全力で逃げて、絶対にまいてやるもの」
失笑しかける照壬に憂鬱感も急襲する。
ウタビィが用意してくれた服に、ぱっぱと着替えたヴォロプと照壬は、行務棟の一階中程に併設されていたビストロで、日替わりの夜定食と呼べそうな
そののちウタビィに連れられて、腹ごなしもかねた見舞いと
──しかしながら、教会の療養部屋に運ばれていたワイヴァーン使いは、照壬たちにもお手上げ。
静まり返った染色作業舎の数区画を、ランタンの明かり一つで突っきっての道すがら、ウタビィとヴォロプから聞いた背恰好と印象などから、照壬には、おそらく歳が近い人素族女子だろうとしかイメージできない人物。
だがそれは、ウンともスンとも言わないどころか身動ぎもしない、まさに人が横たわっているように見えるだけの物体も同然だった。
何ぶん、ブランケットを頭から被ってベッドに
その彼女の治療には、これをおいてほかにないと言う、エフトニュートによる手当がされているからでもあった。
照壬はエフトニュートを、イモリ止まりかオオサンショウウオに育つかがまだわからない、再生能力が高い両生類の幼生体と理解する。
拳サイズのそれを十数匹、生きたまま丸ごと擂り潰したグロエグいミンチを、臀部に
「なぁヴォロプ、もうそれくらいにしといてやりなよ。こんな様にしちまったオレに免じて。この人のお蔭で、国に帰れるきっかけができたと思えばいいんじゃないかな?」
「ウルサイわね~、悪いことした人を簡単に許しちゃダメなのっ。ここの兼番村民に告言したり、国の警兵には突き出さない分、散散言っておいてあげなくちゃ、またスグ何の
「……だけど、一度逃げ出したワイヴァーンは、帰巣本能で生まれ育った土地へ戻っちまうんだろ? だからこの人も、一番近かったここを頼るしかなかったわけで──」
「揚げ足とらないのっ。悪い連中のありがちな性根の悪さを言ってるだけなんだし、何よりアタシの気が済まないでしょっ」
「そ? いや、そっか……」
「何が、そっかなのっ? 常識が違うんだからまったくぅ」
腹癒せが自分へ向いては堪らない、照壬は視線をベッドの人の形をした膨らみへと戻す。
「なら、まぁ、オレも謝らないよ、悪いのはあんたなんだからな。またオレの前で悪いことをやらかせば、お次はケツを四つに割ってやるまでだしな。だけど、治療費の心配はしないでいいから、焦らずしっかり治してくれ」
「何フォ~なこと言い出しちゃってるの! ウタビィがガンバってくれても、きっと旅費はギリギリだわっ。それもフィンテルンの振出ブーラが通用する所を経由して、ウタビィに家ぬけの疑惑がかからない額を、チビチビと引き出すことになるんだから」
「……そ、なのか?」
「ギリギリの連続で綱渡りの旅路だってこと、全然わかってなかったわけっ?」
ヴォロプの剣幕が、照壬に対してもワイヴァーン使いと同レヴェルになり、照壬はとりあえず「ブーラって、通帳か手形みたいな物だったよな?」と話を脱線させた。
「知らないわよ。ブーラは目的によっていろいろ、モネタを引き出したり預けたり、借りたり貸したりできるけど、ブーラはブーラなのっ」
「まぁしっかりわかっているから、オレでまで気を晴らすのやめてくれないかなぁ」
「フン。晴れる気すらしないぃ」
「……晩メシの時に聞いただろ? オレの持物だけじゃなく知識も売れるってことを。それでたぶん治療費だけじゃなく、この人が悪事から足を洗える額が稼げるようにもなるんじゃないかな? 無論この人のヤル気次第だけどな、この人ならやれるはずだ、ソツなくな」
「ガチにっ? てか、テルミにそんな知識があるなんて、全っ然っ思えないんだけど~」
ほかのベットに療養者がいないことが助長させ、剣幕の次は
「……ならいいだろ、好きにさせてくれよ。そもそも旅費なんて、ヴォロプ一人分あれば済む問題だったんだ。オレは衛護役で寛ぐわけにはいかないから、どこで寝たって同じことだし」
「ガチで呆れちゃうぅ」
「第一、湯船に浸かれないなら、水浴びで充分だし、テキトーに狩って喰えばいいんだしな。小汚くなったら、ちゃんと離れて歩くから心配すんな」
「てか、小汚くなんかなったら、テルミからも全力で逃げて、絶対にまいてやるもの」
失笑しかける照壬に憂鬱感も急襲する。