044 試し行動をし合う仲にはなれてるみたい
文字数 1,799文字
「この谷、大昔に山が大きく崩れて、川をず~っと下まで埋めちゃったんだわ。土砂や倒木は長年かかって流れきっても、積み重なった大岩は安定したあとビクともしなくて、水はその下の隙間を流れるしかないから、作業舎を川端じゃなく川の上につくったにすぎないわけね」
「ふ~ん、自然に暗渠 化したようなもんかな……」
「まぁ貴族が開く村は、大体こんなカンジよ。出荷量の維持が第一でムダや損を許せないの」
「……生産基地ってカンジだもんな……」
「この一帯の山は、どれも越えるのに一日がかりになりそうだから、必ず旅宿もあるはずだけど、どれがそうかしら? フツウ軒先を一番明るくして目立つのがそうなのに、あれは行務棟みたいよねぇ……」
ヴォロプは照壬に告げながら、下りだしている道の先を指し示した。
「……染色と酒造業従事者の村ってことか? 川向こうになる側には、長い布がたくさん干してあるし、なんだか、ほんのり醗酵して甘くなったような匂いもしてきたしな……」
「そのイチイチ理解しなおされるの、今は疲れるぅ。いいからノキオに聞いちゃって~、ウタビィがどこにいるのかを」
「ほいほい、サーリグな。チョイ待ってくれ」
照壬は、マウンテンパーカーのポケットからノキオの鼻をとり出し、自分の右耳に突っ込みながら、少し下った所に生えていた木へ小走りで向かう。
──ノキオとこの村について話し込みたい欲求を抑え、用件だけを問い合わせた照壬は、ノキオのソツのなさにあらためて感服し、疲労感も半分以上吹き飛んでくれる。
だが、下りて来ていたヴォロプには、いかにも残念そうな渋っ面をふり向けた。
「どしたのっ、まさか、下は岩だらけだから話ができないの?」
「ウハハ。その逆~、ヴォロプが指差した所にいるんだと。ウタビィはこの村の受付嬢みたいな役職で、最古参の一人だから顔利きでもあるらしい。とにかく村をウロウロ探さずに済むのは最高だな、さすがノキオッ」
「……紛らわしいことしないの、バッチンしてやるわよっ」
ヴォロプはレインコートの裾をおっ広げ、長い脚をしならせた横蹴りを、背負ったлсДがガードになっていない照壬の片尻へと小気味好く見舞う。
「おぅっ……イッテ~。何がバッチンだ、バコッだったぞ。てか、蹴りながら言うな、避けられないだろが。ガチに女子だよな、そういう戯れる余地がないトコ」
「フ~ン。疲れてても、女子にはガチで怒り出さないジェンツって男なのねテルミは? 感心感心、今のところはまだ合格ぅ。じゃぁ元気出しなおして行ってみましょ」
ヴォロプは薄暗さなど関係なく、はっきりわかるニッコリ笑顔で歩きだす。
また、そのあとにつき従うものの、見事に試し返されたムカつきがフツフツと沸き上がり、まんまと元気を出しなおされてしまう照壬だった。
「それ、オレの世界の言葉でも、ネイティヴや通 ぶった奴が使うジェントルマンのことだぞ。てか、なぜ選 りに選って、そんな女子に都合の好い言葉を知っているんだよ?」
「てか、言ったでしょ。アタシの町に逃げ込んで来たディスロケーターには、何らかの専門家もいちゃうわけ。オトナたちがいろいろ教わってる内に、都合の好いことから、アタシたちの耳にも入ってきちゃうのよ~」
「……そ? でもオレの国では、紳士って言うのがフツウなんだよな。英語圏から殞ちて来たなら言葉が通じないはずなのに、一体どうしてなんだろな?」
「知らな~い。けどそれも言ったはずぅ、アタシの町へ逃げ込むのは、覚悟を決めた最後の手段なんだから、言葉くらい必死に憶えちゃうんじゃないの? それ以前に、何年も周辺国を逃げ廻り続けているんだし」
「なるほどな……ヴォロプを送り届けた時、オレもディスロケーターに会えるかな?」
「さぁ、どうでしょ?」
「最後の手段だろ、逃げ込んだら居座り続けるんじゃないのか?」
「人は誰しも都合が好いから、もう追われないと確信できたら、内緒で出て行っちゃうみたいなのよね」
「……まぁ、そんなもんだろうな。バレたままじゃ安心なんかムリだし……」
「また逃げて来てれば会えるわよ。未成年だったアタシたちの目には、来た時も触れないようにされることがほとんだから。ディスロケーターは身近な存在だけど、直接会話までしてるのはテルミが初めてだもの」
なんだか照壬には、疲れていなければまずあり得ない、どうにも不毛な会話をしてしまっている気分になってくる。
「ふ~ん、自然に
「まぁ貴族が開く村は、大体こんなカンジよ。出荷量の維持が第一でムダや損を許せないの」
「……生産基地ってカンジだもんな……」
「この一帯の山は、どれも越えるのに一日がかりになりそうだから、必ず旅宿もあるはずだけど、どれがそうかしら? フツウ軒先を一番明るくして目立つのがそうなのに、あれは行務棟みたいよねぇ……」
ヴォロプは照壬に告げながら、下りだしている道の先を指し示した。
「……染色と酒造業従事者の村ってことか? 川向こうになる側には、長い布がたくさん干してあるし、なんだか、ほんのり醗酵して甘くなったような匂いもしてきたしな……」
「そのイチイチ理解しなおされるの、今は疲れるぅ。いいからノキオに聞いちゃって~、ウタビィがどこにいるのかを」
「ほいほい、サーリグな。チョイ待ってくれ」
照壬は、マウンテンパーカーのポケットからノキオの鼻をとり出し、自分の右耳に突っ込みながら、少し下った所に生えていた木へ小走りで向かう。
──ノキオとこの村について話し込みたい欲求を抑え、用件だけを問い合わせた照壬は、ノキオのソツのなさにあらためて感服し、疲労感も半分以上吹き飛んでくれる。
だが、下りて来ていたヴォロプには、いかにも残念そうな渋っ面をふり向けた。
「どしたのっ、まさか、下は岩だらけだから話ができないの?」
「ウハハ。その逆~、ヴォロプが指差した所にいるんだと。ウタビィはこの村の受付嬢みたいな役職で、最古参の一人だから顔利きでもあるらしい。とにかく村をウロウロ探さずに済むのは最高だな、さすがノキオッ」
「……紛らわしいことしないの、バッチンしてやるわよっ」
ヴォロプはレインコートの裾をおっ広げ、長い脚をしならせた横蹴りを、背負ったлсДがガードになっていない照壬の片尻へと小気味好く見舞う。
「おぅっ……イッテ~。何がバッチンだ、バコッだったぞ。てか、蹴りながら言うな、避けられないだろが。ガチに女子だよな、そういう戯れる余地がないトコ」
「フ~ン。疲れてても、女子にはガチで怒り出さないジェンツって男なのねテルミは? 感心感心、今のところはまだ合格ぅ。じゃぁ元気出しなおして行ってみましょ」
ヴォロプは薄暗さなど関係なく、はっきりわかるニッコリ笑顔で歩きだす。
また、そのあとにつき従うものの、見事に試し返されたムカつきがフツフツと沸き上がり、まんまと元気を出しなおされてしまう照壬だった。
「それ、オレの世界の言葉でも、ネイティヴや
「てか、言ったでしょ。アタシの町に逃げ込んで来たディスロケーターには、何らかの専門家もいちゃうわけ。オトナたちがいろいろ教わってる内に、都合の好いことから、アタシたちの耳にも入ってきちゃうのよ~」
「……そ? でもオレの国では、紳士って言うのがフツウなんだよな。英語圏から殞ちて来たなら言葉が通じないはずなのに、一体どうしてなんだろな?」
「知らな~い。けどそれも言ったはずぅ、アタシの町へ逃げ込むのは、覚悟を決めた最後の手段なんだから、言葉くらい必死に憶えちゃうんじゃないの? それ以前に、何年も周辺国を逃げ廻り続けているんだし」
「なるほどな……ヴォロプを送り届けた時、オレもディスロケーターに会えるかな?」
「さぁ、どうでしょ?」
「最後の手段だろ、逃げ込んだら居座り続けるんじゃないのか?」
「人は誰しも都合が好いから、もう追われないと確信できたら、内緒で出て行っちゃうみたいなのよね」
「……まぁ、そんなもんだろうな。バレたままじゃ安心なんかムリだし……」
「また逃げて来てれば会えるわよ。未成年だったアタシたちの目には、来た時も触れないようにされることがほとんだから。ディスロケーターは身近な存在だけど、直接会話までしてるのはテルミが初めてだもの」
なんだか照壬には、疲れていなければまずあり得ない、どうにも不毛な会話をしてしまっている気分になってくる。