042 何でもないようなことが贅沢だったと思ぉう♨

文字数 1,976文字

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 ノキオの協力を得て、この世界のマタタビとなるアルグヴィネアの実を、わずかな手間で充分な量を採り集めることができた。

 にもかかわらず、山の西側は目測した隔たりよりも裾野が長く、照壬たちが尾根道を下りきった頃には、夕暮れも黄昏時になってしまっていた。

 それまでと同様に、誰かと出交わすこともなければ、灯火が洩れた仄明かりさえも見当たらない。
 峻険な山影に囲まれた視界一面に、繁茂‐疎散と斑かな草野が広がるばかりという景色にもなっている。
 イェタータス村へは、幾分幅が広くなり草が生えていないだけの道を、道と信じて進むしかなかった。

 ヴォロプの、ただならぬ見かけを被い隠しているただならぬレインコート姿は、充分に暗まかされ、照壬もジーンズを泥で汚す必要がなくなってくれて、だいぶ疲れてはいるものの二人に鈍重さまでは感じさせない歩みを続けさせる。

「……なぁヴォロプ、左手の稜線から出てきたあれ、月だよな?」

「そうだけど。テルミの世界にはなかったわけ?」

「いやあったけど、てか、なんか凄くダブって、色までズレぼやけて見えるんだけど、オレの目が疲れているだけかな? それともアルグヴィネアに酔ったのか、ここまでの間に食べた実のどれかがやっぱり毒で、すっかり廻っちまったのかな? 大丈夫なのかヴォロプは……」 

と言うのは、続くとか重なるって意味かしら?」

「そ。こっちでは言わなかったかぁ……あれ? てか語源はそもそも何だったかな、ダブつくからか? それも、ダブルからだったか……」

「てか、フツウでしょ月ならあれで。あとの四つが出て来る頃には、一つ一つがテカテカと、しっかりクッキリ見えるようになるわ」

「……全部で六つもあるのかよ? へ~、ならよかった。オレの世界、てか地球って星には一つきりだったもんで。ほかの遠い惑星には一六個以上とかあったけどな」 

「フ~ン……ちなみに六つの月は、出てくる順にスタン、アキュア、フラグ、タール、ソール、ワインドと言う名前だから。一週間の曜日の名前にもなってるの」

「そ? 一週間は六日なのか……ますます感覚がズレそうだよなぁ」

「ちなみついでに、今日の曜日はタールね。朝食前に、緑の神ヴェゲテルへも忘れずに感謝を捧げたから、転んだり足をくじいたりせずに山を下りられたのよ。テルミはアタシに感謝しなさいね~」

「……誘拐されといて、よく言えたもんだよなぁ?」

「だから、ノキオにも助けていただけたし、こうしてテルミと言う、ヒマだけは潰せそうな扈従(こしょう)までできたんでしょ」 

「コショウ……何だそれって? スパイス、てか香辛料のことじゃないよな、舐めるとピリピリして鼻で吸い込むとクシャミが出るヤツ?」 

「ペペリよそれは。モォ~、イジムジ言われだされたら余計に疲れちゃうぅ」 

「そ? オレより強健さを自称したヴォロプ様でも疲れるんだな?」

「疲れると、爆発し易くなるんだけどアタシ~」

「……そ? 些細(ささい)な意地の張り合いで疲れを忘れることもNGか~。なぁ、こっちって風呂はフツウにあるのかな?」

「あるけど、お風呂じゃなく風呂でいいわけ? 風呂だと、何がフツウか一概には言えなくなるわねぇ」

「何がどう違うんだ、《 お 》が付くか付かないかだけで?」

「お風呂は、トリウネを始め、人族思いの神が守ってくれてる町や村にある、お湯で体を洗ったり浸かったりして寛げる場所のことで、風呂はただ体を洗う場所ってカンジね。貴族が産業を興した土地は、神が祀られてても風呂が多くて、お湯が使えるとも限らないの」 

 この三日間、休憩場で使えた湧き水を旅行用の着替え圧縮袋の一つに溜めて、微温むまで待ってから頭髪を洗ったり、濡らしたタオルで体を拭くだけだった照壬にとって、入浴がままならない生活は存外ストレスが感じられていた。

 尾根道をうねくねと、何キロメートル下りて来たか歩測などできていないものの、感覚的には、昼前から休憩もロクにとらず六時間以上は歩き通しているように照壬は思う。
 そんな照壬に、人が集まり暮らす村まで来たにもかかわらず、湯に浸かって脚を伸ばせないという可能性は、調理された食事が摂れないことを超える精神的ダメージ。

「……地獄でハマると、どこまでも地獄だな……目的の村はどっちなんだろ?」

「もうスグわかるでしょ。神が守ってれば村が小さくても、必ずどこの土地とも同じ神殿があるから。その神殿の様式でどの神が守ってるかもわかるし」

「……その神殿に行けば、神ってのに会えちまうのか?」

「いればね~。神殿は謁見の間とか部屋もあるけど、神が自由に各地へ出て行ける出入口みたいな物なの。だから大抵はいないし、大体気紛れだしぃ」

「ふ~ん……どんな神でもいいけど、ヴォロプは会ったことあるのかな?」

 照壬は思わず聞いてしまっただけに、懐疑心をも隠しきれず終い。
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登場人物紹介

名前:照壬慧斗(てるみ・けいと) 祖父に躾‐育てられたお祖父ちゃんコ 一見至ってフツウの高一だがオトナびていると言うより発想からして老けているカンジ なので、どうせなるようにかなりゃしないからと人間関係や社会に対して漠然とした恐れがなく、自分が納得できる道のみをマジメに地道にやれるだけ進み続けるタイプの自己中傾向 しかしながら目立たないので浮きもしない、だが浮いたヤカラの邪魔が入ると途端にとんでもなく脱線してしまう危うさにも気づけずにきた大甘ちゃん……

名前:ヴォロプテュロス=フワム・ケールブロム(愛称:ヴォロプ) 本年度のレギナ・ルテ・ヴヴ

当世界きっての鬼ヤバ存在の一つである大量破壊人間‐ボムバーナ ロマリア国の西部ヴヴ・トゥプルス火山の南麓に位置するフワム半島出身 

半島自体が村で、村の子供が義務的に完全習得しなければならない必須教育を主席修了した女子をレギナ・ルテ・ヴヴと呼び、その年の村の顔役として各国に招かれる言わばこの世界のミスコンクイーンみたいなモノ



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