014 招かれざる駆除対象だと!
文字数 1,967文字
「山を越える人族が、みな善人とは限らないと言う意味です。山腹もここまでの高さにある休憩場には、罪深い商談や悪事の密談をするために集うこともしばしば。そうしたヤカラと独り鉢合わせたテルミが、襲われずに済むとは思えませんので」
「……わかった。気をつけるし心配は要らない、そんなヤカラは返り討ちにするまでだ」
「剣士ではない、と聞いたはずですけれども?」
「ああ。オレに心得があるのは剣道じゃなく実用剣術、端 から毫 もないんでなっ」
そう言い放ち、照壬は向きなおって徒行を再開、幾分速歩きにもなっていた。
「なるほど。そうですか……これは、誠に神の思し召しかも……」
風はないにもかかわらず頭上で広がる枝葉がそよぐ、それはノキオなりの武者震い。
幹からの浮き上がりがミシミシッとわずかに増えて、その境に走る樹皮の皹も大きく深くなる。
両足の爪先に相当する部位も地中からしっかり現れ出し、本当にもう少しで、人の形に盛り上がった部分が自由を獲得しそうな凄異 さを一層けざやかにしていた。
▼
幸い、休憩場から見延べられる道上には、何者かがやって来る気配すらも窺えない。
照壬は満足感を超え、満腹感を覚えるほど弱炭酸の水を飲んで無事に引き返すことが叶う。
途中、樹木やその表面に這い絡んだ蔓草から生り下がる果実のチェックも怠らなかった照壬だが、手が届く範囲で捥ぎとり幾つか口にしてもみたものの、いずれもニオイ、味、食感の組み合わせにちぐはぐさが否めず、食べられなくはないと確認ができただけ。
その、馴じみがありそうなのに、どうにもいきなりには馴じめない奇妙な感覚が、高級フルーツならではの複雑さだと思い込みさえすれば常食にも堪えられる気がしないでもないため、とり敢えずの一安堵を得るには足りた。
ノキオの前まで帰りおおせた照壬は早速、とるにはとったが、まだ齧ってすらもいない果実三つを差し出して「なぁノキオ、これってガチに食べられるのか? なんか素手で持っているのもキモいんだけど」と率直に問いかかる。
「それらは、大きい物からラス、ヨグナ、ヒョリの実です。ラスはトーフの実とも呼ばれる人気ある果実です。ヨグナとヒョリに別称はありませんけれども、そのまま食すだけでなく料理や菓子など幅広く使われています」
「トーフってまさか──」異常肥大したボラの白子を思わせるラスの実を、照壬はままよと一齧り──「ガチで豆腐かっ……ヨグナもヒョリも初耳なのに、ここは一体どういう言語体系してるんだかな?」
「と、申しますと?」
「……さっき言ってたオレのことにしてもだ、ディスロケーターは英語だろ? ディスロケートは確か、
「……ディスロケーターはこの世界、ディアブラリフェインの言葉ですけれども、
「……
「ですから、ディアブラリフェイン生まれではない存在のことで、テルミのような者が西北のウコグバニでそう名告り、ここデウツクランにも伝わり広まったと思われます。現れるのは一応珍しく、デウツクランにおいてワタクシが知る限りテルミは二四年ぶりかと」
「てか、その一応ってのは何なんだ?」
「珍しいことには相違ないのですけれども、同時期に同所で数人が出現したり、ある年には一人ずつ時期も場所も離れていたり、数年間全く現れなかったりとまちまちなので。先月まで北西の隣国ゴーリリアに三人もいれば、一応と断っておきたくもなります」
「……なんか、ひっかかるなそれも。今はいないんだろうが、どういう理由でいないんだ? 現世ってか、元いた世界へ帰れるのかな、一定期間こっちで過ごせば?」
一スジの光明が得たかのように瞳を輝かせた照壬は、固唾も呑んでノキオの答えを待ちかまえた。
「いえ……ディスロケーターは、その存在が人族諸国の王や司政当局に知られた時点で、追伐が開始されるのです」
「ガチでかっ……何で?」
「ええ。ディスロケーターは往往にして法理や律条に服 わず、さもそれこそが正当であるかのごとく民衆を唆 かしますので。また、珍異な利器や知識および技術で、社会秩序が壊乱されかねない険難があるとなれば、過言なく傾国の危機ですし」
「……期待ハズレも最悪だなっ。ならオレは、異客没却 の異客かよ。殞 ちた冥土ですら歓迎されずにまた身を滅ぼすって、オレをどこまで呪いたいんだ? 悪党も国のお偉いさんも敵だなんて、山にいようが町へ下りようが安心できない地獄じゃないかっ」
やる方なさを、照壬は力任せにлсДを地面に突き立てることでやり退ける。
「……わかった。気をつけるし心配は要らない、そんなヤカラは返り討ちにするまでだ」
「剣士ではない、と聞いたはずですけれども?」
「ああ。オレに心得があるのは剣道じゃなく実用剣術、
道
なんて崇高なモノとは無縁の、棒状武器を用いた敵対して来るヤカラの完全制圧芸だから。それにたぶん、この剣自体が強いからな。負ける気はしない、てか、負ける気なんかそう言い放ち、照壬は向きなおって徒行を再開、幾分速歩きにもなっていた。
「なるほど。そうですか……これは、誠に神の思し召しかも……」
風はないにもかかわらず頭上で広がる枝葉がそよぐ、それはノキオなりの武者震い。
幹からの浮き上がりがミシミシッとわずかに増えて、その境に走る樹皮の皹も大きく深くなる。
両足の爪先に相当する部位も地中からしっかり現れ出し、本当にもう少しで、人の形に盛り上がった部分が自由を獲得しそうな
▼
幸い、休憩場から見延べられる道上には、何者かがやって来る気配すらも窺えない。
照壬は満足感を超え、満腹感を覚えるほど弱炭酸の水を飲んで無事に引き返すことが叶う。
途中、樹木やその表面に這い絡んだ蔓草から生り下がる果実のチェックも怠らなかった照壬だが、手が届く範囲で捥ぎとり幾つか口にしてもみたものの、いずれもニオイ、味、食感の組み合わせにちぐはぐさが否めず、食べられなくはないと確認ができただけ。
その、馴じみがありそうなのに、どうにもいきなりには馴じめない奇妙な感覚が、高級フルーツならではの複雑さだと思い込みさえすれば常食にも堪えられる気がしないでもないため、とり敢えずの一安堵を得るには足りた。
ノキオの前まで帰りおおせた照壬は早速、とるにはとったが、まだ齧ってすらもいない果実三つを差し出して「なぁノキオ、これってガチに食べられるのか? なんか素手で持っているのもキモいんだけど」と率直に問いかかる。
「それらは、大きい物からラス、ヨグナ、ヒョリの実です。ラスはトーフの実とも呼ばれる人気ある果実です。ヨグナとヒョリに別称はありませんけれども、そのまま食すだけでなく料理や菓子など幅広く使われています」
「トーフってまさか──」異常肥大したボラの白子を思わせるラスの実を、照壬はままよと一齧り──「ガチで豆腐かっ……ヨグナもヒョリも初耳なのに、ここは一体どういう言語体系してるんだかな?」
「と、申しますと?」
「……さっき言ってたオレのことにしてもだ、ディスロケーターは英語だろ? ディスロケートは確か、
転移させる
とか位置を変える
って意味だったはずだ」「……ディスロケーターはこの世界、ディアブラリフェインの言葉ですけれども、
異客
という意味になるでしょうか」「……
世界
になっちまうのかぁ、やっぱ……」「ですから、ディアブラリフェイン生まれではない存在のことで、テルミのような者が西北のウコグバニでそう名告り、ここデウツクランにも伝わり広まったと思われます。現れるのは一応珍しく、デウツクランにおいてワタクシが知る限りテルミは二四年ぶりかと」
「てか、その一応ってのは何なんだ?」
「珍しいことには相違ないのですけれども、同時期に同所で数人が出現したり、ある年には一人ずつ時期も場所も離れていたり、数年間全く現れなかったりとまちまちなので。先月まで北西の隣国ゴーリリアに三人もいれば、一応と断っておきたくもなります」
「……なんか、ひっかかるなそれも。今はいないんだろうが、どういう理由でいないんだ? 現世ってか、元いた世界へ帰れるのかな、一定期間こっちで過ごせば?」
一スジの光明が得たかのように瞳を輝かせた照壬は、固唾も呑んでノキオの答えを待ちかまえた。
「いえ……ディスロケーターは、その存在が人族諸国の王や司政当局に知られた時点で、追伐が開始されるのです」
「ガチでかっ……何で?」
「ええ。ディスロケーターは往往にして法理や律条に
「……期待ハズレも最悪だなっ。ならオレは、
やる方なさを、照壬は力任せにлсДを地面に突き立てることでやり退ける。