『翔鶴』応援 5(南太平洋海戦)

文字数 1,950文字

 そうこうするうちに第一次攻撃隊の大編隊が出撃していく。それなりに勇壮だが、機数はハワイ作戦時の三分の一でしかない。
(あのときは、凄まじいまでの緊迫感と一体感があったな‥‥‥)
 市はそんな余計なことを考えたが、ちょうどチャンスが来たため列機に指示して素早く着艦した。報告を終え待機室に降りる。のどが渇き、茶をがぶ飲みする。だがあまり休む間もないうちに、飛行長から命令を受けた。
「濠少尉の小隊は、補給ができ次第上がってくれ」
「かしこまりました」
 空戦自体は大したことはなく、それほど疲れていなかった。
 次の直では、上がって間もなく電探情報が知らされた。それは無線電話の雑音の中に、辛うじて聞き取れた。『翔鶴』は方位一三五(南東)、約八〇浬先に敵機群を探知したのである。
 そんなことで、市の小隊は母艦から南東約三〇浬付近、高度五千で網を張った。

——敵機は、雲の切れたところで、やや右手の前方にボっという感じに出現した。もちろんわが方の母艦を目指している。編隊は上下二段に分かれ、上は市たちとほぼ同高度、下は約五百メートル下方である。
 市はすぐさま大きくバンクし、機首を突っ込んだ。
 この場合、十中八九、下の編隊が艦爆だ。下の編隊は前後に四機ずつが梯形で飛んでいる。あっという間に距離がつまり、上の敵機(F4F)が乱射してくる。市はそれを躱しながら前の小隊の一番機(向かって左)に側面からダダダダと二〇ミリを撃ちこんだ。下に抜け、敵編隊と直角に交叉しながら右に旋回し、敵編隊の左下方を同航する形になる。それはさきほどと同じSBD艦爆の編隊だった。
 一番機を欠いたSBD隊は、蛇に睨まれた蛙のように乱れた隊形のまま飛んでいる。だがそれは一瞬のことで、市がブワっと上昇し、機首をひねって二〇ミリを放つと蜘蛛の子を散らすように潰走し始めた。もちろん、命中弾を喰らった二機は火だるまで後落していく。
 と同時に、同士討ちを恐れて躊躇していたF4Fが乱射しながら回り込んできた。この間、敵も味方も雲に出入りしていたが、合間から母艦がちらりと見える。市たちは右に逃げたSBDを追い、七・七を撃ち込んだ。手ごたえはあったが雲で見失い、F4Fも市たちを見失った。

 今の戦闘で市は前の小隊の一番機と四番機、および後ろの小隊の四番機を撃墜し、恐らく列機も一、二機は撃破したはずだ。二〇ミリはまだある。
 雲の合間で後方を確認すると列機は付いているが、撒いたはずのF4Fも執念深く付いてきていた。F4Fに構う暇はないが、降りかかる火の粉は払わねばならない。市はバンクすると左に急反転し、下降して機速をつけた。列機もそれに倣うがF4Fも下降しながら回り込んでくる。敵は四機で二つのペアが各々上下に展開し、下の機体が左右の列機を撃とうとしている。敵ながら相変わらず連携は良い。
 市はすかさず宙返りを打ち、ややもたついていた(向かって)右上の支援機に背面から二〇ミリを撃ちこんだ。それは翼の付け根に命中し、ドーっと火災が起こる。その機は退避して空戦の渦から外れていく。宙返りから降りたとき市はかなり距離を離されたが、左のF4Fに七・七を放つ。操縦席付近に命中し、その機もたまらずに退避。
 後ろを解放された左の列機がぐーんと上昇する。
 しかしその時には右の列機が被弾して白煙を吹いていた。市は回り込んでくるF4Fの射撃を躱し、右に急追する。被弾した列機は市の前で左に回り込もうと旋回に入るが、上になった右翼がバーっと火を噴いた。市は列機を撃っている右の敵を撃つ。風防に命中したが遅かった。
「脱出しろ!」
 叫んだがもちろん聞こえるはずもない。だがそのときに敵も味方も厚い雲に入ってしまった。衝突を避けるため少し上昇して雲から出ると、まだ後方にF4Fがいて乱射された。一方、火を噴いた列機は後方に落下していく。市は間髪入れずに宙返りで反撃。七・七が命中したがF4Fは雲に逃げ込み、さらに追ったが取り逃す。
 結局、堕ちた列機の最後は確認できなかった。

 市は離れた列機を呼び寄せ、再び母艦の方向に反転した。ついてきたのは二番機の三飛曹で、やられたのは三番機だった。だがこのとき、雲の切れ目にさらなる敵編隊が見えた。約二キロ前方である。
「!」
 バンクし、急追するが距離はなかなか縮まらない。敵は十機ぐらいで、味方機も絡んでいるが一向に落ちない。ようやく距離が一キロ程度になった頃、ばらばらと降下を始めた。それらはSBDで、下には空母がいる。手前の機に七・七を放つがもちろん効果はない。
(だめだ、やられる‥‥‥)
 ミッドウエーの悪夢再来である。
 そして見ているそばから爆弾が命中した。まるで映画のシーンのように、飛行甲板からブワァっと火煙が吹き上がる。
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