ラバウルの出会い 2

文字数 1,794文字

(随分高く上がるな‥‥‥)
 二千(高度)あたりで同位戦に入るかと思ったら、もっと上に行くらしい。結局三千まで上がり、左右に分かれた。
「へっ、下の奴ら見えねぇだろうな」
 権藤はニヤリとした。
 二機は反航で接近し、相手を真横に見てお決まりの左垂直旋回に入りかかると、いきなり市が急上昇した。
「おいおい、初手からそれかよ」
 そのまま垂直旋回すると上から被られるので、権藤はすかさず斜め宙返りに移行した。互いに交差するようにして彼がループの後半に入ると、まだ市は上にいる(視界内にいなかった)。
「ありゃ?」
 ループを降りると市はまだ降りてくる途中だ。これなら簡単に回り込めそうである。すでに彼は左垂直旋回に移行している。あまり早くこちらが降りてしまうと降りざまに上からかぶられるが、ちょうど良い塩梅だ。
(しめた、圧倒的有利だ)
 権藤はぎりぎりに操縦棹を引き、機速は相当に落ちる。が、こちらの方が食い込んでおり、向こうが無理に回ろうとすれば尻につけるはずだ。案の定、少尉はループを降りるといったん中途半端に回りかけてから降下に入る、ように見えた。
 すべてこちらの読み通り‥‥‥
 しかし権藤はすでにエネルギーを失っており、実はあっぷあっぷに近かった。
「よっしゃ、貰ったー!」
 彼は叫びながらラダーをぐっと左に踏み替え、急降下で追尾に入る。いや、入ろうとした。
 その瞬間、少尉の機がグーンと大きく跳ね、見失う。大きなバレルを打たれていた。まさに絶妙のタイミングとはこのことであろう。
「うおっ!」
 権藤はまだ機速が出ておらず、回避も追従もできずにすっぽ抜けた。つまり降下の姿勢で相手の前によろよろっと出てしまった。これが実戦なら死んだかもしれない形だ。
「‥‥‥くそ」
 そのあと彼は急降下から宙返り、自分もバレルを打ったりとかいろいろ小細工したが、まったく振り切れない。結局諦めざるを得ず、仕方なくバンクして終わった。
 開始二分もたたずに彼は初歩的な罠に嵌り、一本取られた。

 その次の勝負も高度三千から始まった。こんどはあくまで得意の横の空戦に引き込むつもりだ。すると向こうが乗ってきた。
「よーし、こんどは騙されねえぞ」
 権藤は体力と秘術を尽くして左垂直旋回を続けた。ハイヨーヨーや失速反転気味の機動も織り込み、上下動を入れてぐいぐい食い込んでいく。
 彼はGに強く、最後は相手が音を上げるのが常だった。しかし、このときは相手が見えたと思うとまた引き離された。彼はラダーとスロットルを調節しながら操縦棹をを引き続けた。我慢比べである。
 苦しい中で相手が見えた。
「うぉぉ」
 Gは限界に近いが、またじわじわ食い込み始めた。
 と、思ったとき、相手がひょこっと上にずれた。と思うとまた降りてきてスーっと引き離されて行く。
(おかしい! なんだあれは?)
 形としてはハイヨーヨーに見えるが、今こちらがそれを打つと機速がさらに落ち、回り込まれてしまう。しかし、このまま回っていてもおそらく負ける。スーっと引き離されたということは後ろに回られているということだ。
 薄くなった意識で次を考える。
 一か八か、逆転を狙うしかない。彼は無理やり上に引き上げ、失速反転からぐーんと降下に入れて、宙返りを打とうとした。が、それは最悪だった。彼が宙返りに入って機首を上げたとき、すでにぴたりと後ろに付かれていた。つまり、旋回中にエネルギーを失い、絶体絶命に陥っていたのは権藤の方だったのだ。完敗である。
 高度は五百ぐらいに落ちていた。
 高度を三千まで取り直して始めた三戦目もほぼ同じ展開だった。今度は、権藤は回り続けた。しかし途中で少尉がバンクし、模擬空戦は終わった。

 地上に降りると、少尉の機は少し油が漏れていた。それで空戦を中止したと分かった。相手が何か言うかと思ったら、そのまますたすた行きそうになったので、権藤は「少尉」と呼び止めた。
 彼は素直にシャッポを脱いだ。
「ご指導お願いします」
「いやあ、君は強い。おそらく俺が取ったのは最初の一本だけで、後は押されていたよね。射撃のチャンスがあったのでは?」
「へ?」
 権藤は意味が分からない。確かに食い込んだ場面があるにはあったが‥‥‥
「あのままだと俺が負けていたと思う」
「いや、しかし回っている途中で少尉に引き離されましたが」
「うん。だからやり方を変えたんだよ」
「とおっしゃいますと?」
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