ロル海兵少佐の戦い 2

文字数 2,111文字

「了解、後上方に回れ。他に敵機はいないか?」
「今のところ見えません」
 しかしこの日は雲が多く、視界は悪かった。
「OK、第二小隊はどこだ?」
「ラッセル島上空、高度二万です」
 グレゴリー中尉が応答する。
「敵はいないな?」
「いません」
「OK、東に向かい、獲物が追い込まれるのを迎え撃て」
「了解」
「第三小隊は第二小隊のさらに上方に占位・支援しろ」
「了解」。サンデル中尉が応答した。
「マック(スミス大尉のこと)、スネークの目的はなんだか分かるか?」
「分かりませんが、少し高度を下げています」
「そうか、よし、じゃあ第一小隊はルンガ上空で攻撃を掛けろ。支援の第二小隊、第三小隊もチャンスがあれば攻撃せよ。あとの指揮はマックに任せるぞ」
「了解」とマック。
 ロルは背中に冷たい汗を感じながら成り行きを見守ることにした。地上から空戦に介入することはできない。が‥‥‥、十二対二ならばスネークは地獄行きのはずだ。
 ところが、その十秒後ぐらいから無線電話は悲鳴や悪態の連続で、訳の分からない状態になった。帯域が狭いため空戦中はいつもこうなってしまう。ロルはぐっとこらえて結果を待った。

 さて上空では。
 南下する市たちは、もちろん左上方のF4Fに気づいていた。少し高度を下げながら針路を西に変え、迎撃態勢に入った。はるか前方上空にも敵編隊が見えている。
 ちょうどルンガ上空で後方の敵機が編隊のまま突っ込んできた。だが、少しタイミングが遅れ、角度が浅くなった。二人は軽くバレルで躱し、ついでに七・七を撃ち込んだ。これが一番機や四番機の尾部に命中した。
 スミスはガンガンガンと機体に振動を感じ、昇降舵の効きがおかしくなったことを知った。
(あの態勢から命中弾を喰らったのか!)
 彼は初めて対戦するスネークに脅威を覚え、若干冷静さを失った。引き起こしも遅くなり、上昇に入ったときは雲間にスネークを見失っていた。その市たちはやや針路を北にずらし、次の敵編隊を左前上方に見ながら少しずつ下降して機速をつけた。
 グレゴリー中尉の率いる第二小隊は、二つのペアが各々攻撃と支援に分かれ、下降しながら左に回り込み一撃目を掛けた。と、その瞬間、スネークのゼロ(零戦)はぱっと左右に分かれ、斜め宙返りからインメルマン、少し下りてS字旋回を打った。二機は向き合う態勢になって交叉し、さらに斜め宙返りを打った。
 攻撃したF4F二機はこの機動に追随できず、いったん降下して上昇するお決まりの運動に入った。このときに支援役の二機が二手に分かれ、乱射しながらゼロを追尾した。だが、これが良くなかった。ゼロが交叉したときにその二機は正面衝突してしまったのだ。
 しかし惨劇はこれで終わらない。

 市たちはそのときすでに、降下から上昇に入った先ほどのF4F二機を急追し射撃した。七・七が命中している。このとき、サンデル中尉の四機(第三小隊)がようやく支援に入った。二機ずつに分かれ、下方(攻撃役)の二機が殺到してガーっと射撃した。ところが、そこでスポンと雲に入ってしまった。雲から出てみると、前方のゼロはいなくなっていた。
 市たちはまた左右に分かれ、さきほどと同じ機動を打って交叉したのだが、F4Fは見えなくなっていた。ここで市が権藤に合図を送った。二人はぐーんと上昇し、向きを南に変えてスポンと雲に突っ込み、雲の向こうに出た。すると五百メートルほど下方にうろうろしているF4Fのペアがいた。二人はそれぞれのF4Fに向けて急降下し、ダダダダっと二〇ミリを撃ちこんだ。これはもろに命中し、二機はがくんと機首を下げて落下していった。
 降下を止め、すばやく見渡すが、他のF4Fはどこにも見当たらない。二人は大きな宙返りを打つと再び雲に突っ込んだ。
 さらに雲を使いながらジグザク運動を再開し、互いに交叉しつつ針路を北に取った。そのままかなりの距離を移動し、フロリダ島北端付近に達した。一方、生き残ったF4Fはスネークを捜索しながらどの機も高度を失い、事実上空戦は終わった。予想外の被害に狼狽し、消極的になってしまったのだ。
 このように書くとかなり長い時間経過しているように思えるが、実際はせいぜい三〇分もたっていなかった。
 結局マックの第一小隊は一方的に被弾しただけで何の成果もなかった。グレゴリーの第二小隊は衝突で二機を失い、彼自身も被弾し早々に帰投針路を取った。サンデルの第三小隊は突然の奇襲で二機を失った。その二人は負傷したがパラシュート降下で命は拾った。しかしサンデルもこれで戦意を失い、避退した。
 その後雲がさらに増え、日本軍の戦爆連合は引き返したと通報が入った。つまりこの日の迎撃はこれで終了である。一応ロルの命令で水偵が海上を捜索した。しかし、衝突した二機は見つからず、パイロットが生存している見込みも皆無だった。

 次々と入る悲報に、地上のロルは苦虫を噛み潰していた。
(クソ‥‥‥これはいったい)
 空戦中はカッカしていたが、それが次第に冷たい怒りに変った。通信室は蒸し風呂のような暑さだったが、部下たちが帰投する頃には寒気すら感じていた。
(俺はとんでもない間違いをしたのかもしれない)
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