見参B-17 3

文字数 2,076文字

 一般的にいって一番機が理想的な攻撃をすると、二番機以下の攻撃は後落する場合が多い。つまり、同時攻撃でない場合は列機の方が攻撃は難しくなるし、モタモタしていれば反撃を喰らう。
 市自身は難しい攻撃を受け持ち、列機には易しい(あるいは安全な)攻撃をさせているつもりだ。しかし、その列機が撃たれたのは、やはり自分のリードが悪かったということになる。
「俺の攻撃法が良くなかったね。次からは直上方背面で行こう」
「了解」
 直上方・背面降下の攻撃は多少安全性が高いが、タイミングがおそろしく難しいのと第二撃まで時間が掛かるのが難点だ。しかし、今回の飛曹長の被弾を考えれば、難しくてもより安全な方法論を取るべきだったと反省せねばならない。
(特に大型機を相手にする場合はこれを肝に銘じなければ‥‥‥)
 市は改めて思った。

 その後整備が終わると、市と権藤はまた海岸に出た。東向きなので夕日はあたらず、風も出て意外に過ごしやすい。
「朝の空戦で思ったのだけど」
「はい」
「ガダルの敵はまだ電探を持っていないのかな? あの四機、われわれに気づいてなかったよね」
「そうですね。そうかもしれませんね」
「ああいう楽な空戦ばかりならいいけれど。多分そう甘くないだろうね」
「ええ。たまたま電探が不調だっただけかもしれませんし」
「うん。確かに‥‥‥しかしこの先どうなるのかな? ラバウルから二、三日に一回空襲に行くだけじゃあ隔靴掻痒の感を免れない気がする。賽の河原の石積みみたいだよ‥‥‥何か直接的に敵の息の根を止める方法がないものかな」
「はあ‥‥‥」

 二人は知らなかった。
 直前にあった第二次ソロモン海戦では、日本軍は空母『龍驤』を失っただけでなく、“戦略的敗北”を喫している。最も大切な目的であるガダルカナル島への船団輸送に失敗したのだ。海軍は機動部隊を擁しながら、輸送船で陸上兵力を送れなかった。端的には航空兵力が足りないのである。これはこの先日本軍を悩ます補給難を暗示したが、当時はこの失敗の持つ意味に誰も気づかなかった。次からの輸送は、駆逐艦などの高速艦艇で行うことになったのだが‥‥‥
 要するに彼らには、敵の息の根を止めるどころか、空も海も陸も果てしのない消耗地獄が待っていたのである。それこそ、おびただしい数の命が摺りつぶされるような。

 このとき、賽の河原に触発されたのか、権藤が突拍子もないことを言い出した。
「しかしまあ、なんでこんな戦争おっぱじめたんですかねぇ」
「え?」
 市はどぎつい話題に驚いたが、他に聞いている者はいない。
「いや、あの、小隊長だからお話しするんですが‥‥‥」
「ああ、うん」
「われわれは一体どこに行くんですかね? 下々にはお上の考えてることはさっぱり分かりませんよ。だいたい大陸が片付かんうちにアメリカと戦争するなんて正気の沙汰じゃないでしょう? 奥地じゃあ、いくら敵機を叩き落してもきりが無い感じでしたよ。そのうちに敵機は逃げちまっていなくなるし‥‥‥。あ、そのあたり小隊長もよくご存じでしたね。ともかくあれじゃあ、陸軍航空が大々的に出て徹底的に撃滅でもしてくれんことには埒が開かんでしょう。その上で歩兵が進攻するのはいつになるのやらですよね。およそできるとは思えないですが‥‥‥。ま、それはともかく、こんな大それた二正面作戦やったって、勝てっこないでしょうに。こんなの小学生でも分かる理屈ですよ。俺はそれが不可解でならんですね」
 他所では絶対にできない話だが、権藤の言は的を射ていた。かねがね考えているのだろう。
 市もほぼ同意である。
「まあ、そうだね、飛曹長の言う通りだと思うよ。俺には伯父が二人いたのだけれども、特に二番目の伯父は、アメリカと戦争なんかすべきでないと常々言っていたよ。生産力は正に桁違いだから。飛曹長の直感は正しいよ。お上のやることは俺にもさっぱり分からんけれど、要するに事変が片付かないのはアメリカのせいだってことで戦争を始めたんだろう。しかし、すでに(連合艦隊司令)長官の戦略は画餅に帰してしまったし、俺も今後どういう勝ち方があり得るのか全然分からないね」
「‥‥‥ほう、その長官の戦略というのは、どういうものですか?」
「まあ聞いた話で、非常に単純なのだけど、常に敵(艦隊)に先制攻撃を掛け続けて翻弄し、疲弊させてついには壊滅に追い込むということらしいよ。実際、インド洋作戦までは上手く行っていたけれど‥‥‥。しかし、残念ながら、ミッドウェーで四空母を失ったからには、もうその戦略は取りようがないよね。長官が今どのようにお考えなのかは想像のしようもないけれど」
「なるほど、そういうことでしたか‥‥‥」
 権藤は落胆した。
 確かにその戦略はすでに頓挫しているように感じられた。しかし何がどうであろうと、二人は戦わねばならないわけだ。

 彼らの見聞する範囲内では、これ以上突っ込んだ話はできなかった。
 だがこのような話題に限らず、その後も暇さえあれば二人は語り合った。何せ、この前進基地は二人だけの航空部隊といってもよい状況だったのだから。
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