さらなる捩れ 2

文字数 1,826文字

「はい、手練れの彼らには、敵機を牽制させておりました」
「具体的には?」
「はあ‥‥‥高度を二段に構え、彼ら二人が先行します」
 あえて“三千”には触れない。だが飛行長はぴんと来た。
「要するに二人は囮ということか?」
「いえ、そういう意図は明確にしておりません‥‥‥」
「昨日はそれがなかったので三名は戦死したのか?」
「いえ、そのようなことではなく‥‥‥」
「ふむ‥‥‥もしや、二人が行く以前の戦死者は、その“牽制”のためか?」
「さあ‥‥‥必ずしもそういう状況では‥‥‥」
 九ノ泉の額に汗が浮かぶ。
「それはイカンなあ」と副長。
「貴公、その作戦は少し無理があるぞ。少数機をさらに二つに分けては各個撃破されるだけだろう」
 この飛行長の突っ込みに九ノ泉は逆襲した。
「はあ‥‥‥必ずしもそうとは‥‥‥。しかし他にやりようがないのも事実であります。そもそも絶対的な兵力が不足しているのが問題なのです。われわれは少ない機数で多大な戦果を挙げているのです。せめて定数九を満たせばと思いますが、それにも遠く及ばず前線は日々苦慮しております‥‥‥そのために本日はわざわざまかり越した次第です。改めて伺いますが、搭乗員ならびに機体の補充の件はどうなっておるのでしょうか?」
「それがなあ、イカンのだ」
 副長が言下に答える。
「はあ?」
「うむ。こちらもいっぱいいっぱいなのだ。何しろ(ニューギニアとガダルカナルで)二正面になっておるからな。知っての通り、われわれはラバウル進出時に定数六〇だったが、今や搭乗員は二〇名そこそこだ。こちらにも(かじ)(すね)はないのだ。そんなときに、前進して日の浅いうちに搭乗員九名戦死では困るぞ。わざわざ手練れを送った意味がないではないか」とこれは飛行長。
「イカンぞ」
「ですからそれは過酷な‥‥‥」
「ところで大尉」
 飛行長が突然話題を変えた。
「はあ」
「君の一号零戦(零戦二一型)を新品の二号零戦(同三二型)と交換してくれぬか? いやこれは命令だが」
「とおっしゃいますと?」
「知っての通り二号零戦は足が短い。新規に補充されたのだが、ここからではガダルカナルまで届かん。だから前進基地で使ってくれということだ。君は空輸要員二名を指揮して向こうに戻れ。そちらにある残りの二機も交換だ」
「はあ‥‥‥」
 九ノ泉は搭乗員補充が皮算用に過ぎなかったことを知った。が、古い機体が新品に交換されるのは悪い話ではない。これが“直訴”の成果だと納得した。
 このあと彼は、所用にかこつけてラバウルに一泊した。彼にとっても前進基地の環境は劣悪なのである。それに比べてラバウルは天国だった。

 一方こちらは前進基地である。少し時間を戻す。
 この朝も市と権藤は二人だけで出撃だ。二人は早朝から富田たちと共に機体の整備に余念がなかった。が、どうも権藤の口数が少ない。市でも権藤が何を気にしているかは分かる。何しろあのまま三人と永遠に別れることになってしまったのだから。
「飛曹長、あの三名のことはいったん忘れよう」
「そうですよ」と富田が同調する。整備員たちも不安げにうなずく。
「雑念に囚われていると俺たちまでがやられるよ」
「はい、それは分かっております」
 しかし権藤は苦い思いを噛みしめていた。昨日の夜には市とともに九ノ泉に呼び出され、叱責を受けている。そのとき九ノ泉は言った。
「第一小隊の全滅はお前たちの責任である。なぜならお前たちが飛行せず、牽制・攪乱を実施しなかったからだ」
 隊長の叱責は難癖もよいところで、二人に責任などあるはずもない。だいたい、昨日も三名は雲隠れしていたのだろう。それで未帰還とはどういうことなのだ?
 だが、手を下した権藤としても後味が良くないのは確かだった。その上、わざわざ連座した市にも申し訳なくて仕方がない‥‥‥
「まあ、彼らとは縁が薄かったけど、一応弔い合戦という名目で飛ぼう」
「承知しました」

 その後彼らは整備を終え、いつもより若干早く発進した。
 この日はチョイセル島の外海側に向かうと見せかけ、右に旋回して南下した。例の作戦変更である。低空に降りてニュージョージア諸島の南方に回り込み、新たなコースでガダルカナル島に向かう。
 ところが。
 ニュージョージア諸島を半分過ぎた辺りから、行く手には巨大な積乱雲が立ちはだかった。左手(北側)にも相当に拡がっているため、市たちは南側を回り込もうとする。しかし、はるか先の方まで雲がすっぽり覆っていた。
「これは‥‥‥」
「ダメです」
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