権藤落つ 1

文字数 2,084文字

 翌朝、事故の残骸は跡形もなく片づけられ、市と権藤はいつも通り出撃した。
 ブカの母艦戦闘機隊を合わせた戦爆連合が、ガダルカナル島攻撃に出ているのである。本隊としても前進基地の事故は処置なしで、取り敢えずいつも通りの制空任務を電令した。
 九ノ泉は命令を受けて二人を出撃させたのち、二人の軍法会議送致を上申した。市たちの報告を虚偽と決めつけ、事故の原因を転嫁したのである。
 同じ頃、市たちは前回と同じ南回りのコースを飛んでいた。
 二人はガダルカナル島西方一五〇浬の地点に到達すると、高度を取り始めた。

 一方、この日のガダルカナル島上空はよく晴れていた。ロルが待っていた有利な天候である。
「そろそろだな。よし、発進せよ」
 彼は四個小隊の十六機を出撃させた。すでにスネーク二機が発進したことは分かっている。前進基地から来る敵は二機だけだが、部隊全体がなんとなく緊張に包まれていた。ちなみに敵の本隊の迎撃には別の三個小隊が出る予定である。ロルはスネーク退治に半分以上の戦力を割いたのだ。
「マック、あとは頼んだぞ」
「了解、ボス」
 スミス大尉は、四個小隊をフロリダ島北方とガダルカナル島上空の東西、つごう四か所に配置した。各小隊間の距離は五〇マイル(約八〇キロ)ぐらいで、それぞれが左回りで矩形に飛んでスネークを待ち受ける。どこかの小隊がスネークを発見したら、他の小隊が支援に向かう手筈だ。そして八機ずつまとまって車掛かりで襲い掛かる。
 彼の読みでは、スネークはいつものコースで高度二万~二万三千(フィート)あたりに来る。従ってこちらは二万五千で待機する。そのあたりの高度ではF4Fは苦しいが、背に腹は代えられない。二万あたりとの二段構えもちらっと考えたが、兵力分散になるのでやめておいた。

 彼自身の小隊はスネークと最初に会敵するつもりで、フロリダ島の北西方を受け持っている。
(スネークの奴ら、なんで二機だけでわざわざ死地に飛び込んで来るのか?)
 彼はまったく理解できなかった。
(いずれにせよ、今日が奴らの命日だ)
 そう思いながら周囲三六〇度に目を凝らしていたが、一向に敵が現れない。時計を見ると会敵予想時刻をかなり過ぎている。
(今日は少し遅いな、おかしい‥‥‥ん? もしや‥‥‥?)
 裏を掻かれたのかと、背筋に冷たいものが走った。
「おい、みんな、よく警戒しろ! もしかすると」
 言いかけた瞬間である。
「ウゲェッ」「ギャアアアアッ」
「退避しろ、退避だ!」
 突如、悲鳴と悪態とガーッという酷い雑音で無線電話が大混乱になった。
「なんだ、おいどうした?」スミスが大声で割って入る。
「編隊長、やられました‥‥‥うあああ」
「どこだ、誰がやられた? 答えろ!」
「こちらはリチャード(少尉)。ガトー大尉がやられました! あとコリンズ(少尉)もです!」
 その瞬間、グレゴリーの小隊が支援に向かうべくガダルカナル島東部に機首を向けた。やられたのはその空域を受け持つガトー大尉の小隊である。彼は初陣なので、スネークが一番来ないと思われる空域に配置したが、完全に裏を掻かれた。
「状況は?」
「分かりません!」
 報告しているリチャードは、必死に退避している最中だ。
「クソ、スネークめ、どこから来やがった」
 スミスは吐き捨てたがもう遅い。
 彼の他は、グレゴリー中尉とミート中尉が小隊を率いているが、今はグレゴリーが向かっているはずだ。
「グレッグ、何か見えるか?」
「まだ見えません」

 市たちは大回りに大回りを重ねてガダルカナル島の東方から侵入した。高度は八千である。F4Fだけでなく零戦もこの高度ではあっぷあっぷだ。と、前方のやや下方に四角い線のような(もや)が見えた。権藤がバンクする。どうやらそれは敵機が引く飛行機雲である。
 二人は太陽の方角から接近していく。雲がないので当然発見されていると思ったが、近づくにつれてそうでもないことが分かった。
(敵はいったいどこを見ているのだろう?)
 二人は訝りつつ、やや南に頭を向けて敵の後上方に回り込んだ。
 F4Fの四機編隊は右前の梯形で、左回りの矩形に哨戒している。こちらは横隊である。今度は市が一番機、権藤が四番機をやることにする。合図とともに市はすーっと下降し、敵機の下にもぐってやや内側から外側にダダダダッと撃ち上げた。
 機体の沈みが大きく、少し遠くなったが敵機の腹に命中した。その機はガクンと落下していき、市はそのまま右側方に抜けて左に切り返した。
 確かに、この高度では機動はかなり苦しい。
 権藤も同じように四番機を攻撃したが、命中は二人ほぼ同時だった。その四番機がグワンっと爆発する。残った二番機と三番機は慌てふためき、左に捻って急降下していった。

 しかし空戦ではときに予想外のことが起きる。
「あれ? 飛曹長?」
 市は思わず叫んだ。
 しかし無線電話は調整されておらず、その声はもちろん権藤に届かない。どうしたことか、権藤はゆるやかに高度を下げていく。本当は、二人とも向こう側で高度を取り直すはずだったのだ。
 市は急いで権藤に追いすがり、右に並んだ。
「しまったあ!」
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