前進基地 4
文字数 2,214文字
二人が着陸すると第一小隊はすでに帰投しているとのことだ。ところが三名の姿がどこにも見あたらない。権藤はそれまでの態度と合わせてカチンときた。
(挨拶にも来よらんわ、勝手にいなくなるわで、一体どうなっているのか‥‥‥)
だが、三人を探そうとすると、ポンと肩を叩かれた。
「飛曹長、報告に行こうか」
「はあ、しかし、第一小隊の奴らが‥‥‥」
「うん、俺も疑問なところはあるけど、詮議は後にしよう」
「分かりました‥‥‥」
二人が入室すると隊長は億劫そうに立ち上がり、ただれた眼で二人を睨んだ。市は型通りの報告をした。
「ご苦労」
「‥‥‥ところで、第一小隊の姿が見当たりませんでしたが」
「うむ、彼らはラッセル島付近でSBDの四機編隊を発見し、全機撃墜したのだ」
二人はえっという顔をし、市が言った。
「そんな敵編隊は視認しませんでしたが」
とたんに九ノ泉は不快そうな表情になった。
「君らが見落としたのだろう」
「はあ、しかし‥‥‥。そもそも針路から外れておりますが」
隊長は一層険悪な表情になった。朝の怒りも再燃してきたようだ。
「おい、貴公は何が言いたいのか。報告を吟味してわしが撃墜と認めたのだ。何の疑問もありはせん。それにな、はっきり言っておくが、第一小隊はわしの直卒でわしの指揮に従って動いておる」
一緒に飛んでいない者が直卒とは如何なる意味か? 二人は狐につままれたような気分になった。
「しかし、われわれ二機が牽制し、第一小隊が上から叩く予定だったと記憶し‥‥‥」
「そんなことは言っておらんぞ。第一小隊は高度を取って後続するが、作戦目的は戦果の拡大だ。ゆえに第二小隊を支援する場合もあれば、別途独自に空戦する場合もある。その判断は彼らに任せてある」
一見、筋が通っていなくもないが、それでは三機はいないのと同じである‥‥‥実際に今日はいなかった。
(低高度で突っ込まされる第二小隊はどうなるのか?)
だが市は隊長の階級を思い出し、彼なりに抑えた言葉を使った。
「はあ‥‥‥、しかしそれでは、分遣隊としての作戦が」
だがこれが九ノ泉の怒りに油を注いだ。
「貴公、文句が多いぞ! 分遣隊としての作戦はわしが考えることだ。そもそも朝に少数機を敢えて二手に分けると言ったろうが。何度も同じことを言わせるな。どんな形であれ、要は敵を牽制・攪乱し敵機を減らせばよいのだ。その意味ではむしろ貴公らの方が問題ではないか‥‥‥だいたいだな、会敵した四機をなぜ全滅させなかった? 絶対有利な態勢だったのだろう? 貴公ら、攻撃精神が足りんぞ」
二人は絶句した。もちろん、基地のそばで二機だけで低空の敵機を追い回すなど、無謀で無意味だ。
「いずれにせよ、第一小隊は予備少尉の指揮下にはないのだ。よく覚えておけ」
「はあ‥‥‥了解しました」
「他になければ下がれ」
二人は退出し、ジャングル内の機体のもとへ向かった。
道々権藤が話し掛けた。
「やれやれ‥‥‥やっぱりおかしいですね、あの隊長」
「うん‥‥‥どうやらそのようだね」
「おまけに第一小隊の件も奇怪ですね。そもそもあいつらの腕でSBD四機撃墜などあり得んでしょう。だいたいSBDがなんでその地点に‥‥‥そんな編隊はいなかったんじゃないですかね」
第一小隊はいずれも三飛曹(三等飛行兵曹)だが、空中集合でもたついていた。少なくとも権藤より遥かに腕は劣る。仮にSBD編隊がいたとしても、全機撃墜は多分無理だろう‥‥‥。市もそう思った。
「確かにね‥‥‥。富田さんに聞けば何か分かるんじゃないかな」
「なるほど、そうですね」
二人は機体の整備を手伝いがてら富田に顛末を話した。整備科にも分遣隊長の息のかかった者がいる。富田は周囲を警戒した。
「なるほど、それを聞いて合点が行きました‥‥‥実は、最初の出撃時からそうなのですが、第一小隊と第二小隊の機体の状態が、あまりに違いすぎると思っていたのです」
「どういうことでしょうか?」
まだ十回も出撃していないがと前置きし、彼は説明した。
「それはもう毎回毎回、第二小隊はぼろぼろで帰ってくるのですが、第一小隊はまったく被弾していないのです。それなのに二〇ミリだけは全弾撃ち尽くしていまして。一度だけ違うこともあるにはあったのですが‥‥‥それ以外はいつもそうなので妙だと思っていました。でも理由はさっぱり分からなかったのです。しかし今の話を聞いて納得できた気がします。彼ら全然空戦していないのかもしれませんね」
「てことは、上空でずぼらこいた挙句、二〇ミリをわざと空にして帰ってくるってことですか。あり得ねえな。最前線で貴重な弾を無駄にしやがって‥‥‥」と権藤が怒る。
「今日も空でした?」
「ええ」
「機体に損傷はない?」
「はい」
「もし事実だとすると大問題ですね。しかし今日みたいに別行動されると本当のところは分からないなあ‥‥‥」
市の言葉に権藤が被せた。
「それであの隊長、少ない機数をわざわざ第一と第二に分けるんですかね」
「どうもそのようだね」
「今までも第二小隊だけ突っ込ませて、第一小隊は雲隠れしていたのかもしれませんね」と富田。
「そうかもしれません」
市がうなずいた。
「くそ、こんな大事な前進基地がどうなってんだ」
「申し訳ありません。私はおかしいと思っても何も言えませんでした」
富田が顔を伏せた。
権藤の言うように、この基地は航空隊だけでなく日本軍全体にとっても極めて重要な基地なのだが‥‥‥
(挨拶にも来よらんわ、勝手にいなくなるわで、一体どうなっているのか‥‥‥)
だが、三人を探そうとすると、ポンと肩を叩かれた。
「飛曹長、報告に行こうか」
「はあ、しかし、第一小隊の奴らが‥‥‥」
「うん、俺も疑問なところはあるけど、詮議は後にしよう」
「分かりました‥‥‥」
二人が入室すると隊長は億劫そうに立ち上がり、ただれた眼で二人を睨んだ。市は型通りの報告をした。
「ご苦労」
「‥‥‥ところで、第一小隊の姿が見当たりませんでしたが」
「うむ、彼らはラッセル島付近でSBDの四機編隊を発見し、全機撃墜したのだ」
二人はえっという顔をし、市が言った。
「そんな敵編隊は視認しませんでしたが」
とたんに九ノ泉は不快そうな表情になった。
「君らが見落としたのだろう」
「はあ、しかし‥‥‥。そもそも針路から外れておりますが」
隊長は一層険悪な表情になった。朝の怒りも再燃してきたようだ。
「おい、貴公は何が言いたいのか。報告を吟味してわしが撃墜と認めたのだ。何の疑問もありはせん。それにな、はっきり言っておくが、第一小隊はわしの直卒でわしの指揮に従って動いておる」
一緒に飛んでいない者が直卒とは如何なる意味か? 二人は狐につままれたような気分になった。
「しかし、われわれ二機が牽制し、第一小隊が上から叩く予定だったと記憶し‥‥‥」
「そんなことは言っておらんぞ。第一小隊は高度を取って後続するが、作戦目的は戦果の拡大だ。ゆえに第二小隊を支援する場合もあれば、別途独自に空戦する場合もある。その判断は彼らに任せてある」
一見、筋が通っていなくもないが、それでは三機はいないのと同じである‥‥‥実際に今日はいなかった。
(低高度で突っ込まされる第二小隊はどうなるのか?)
だが市は隊長の階級を思い出し、彼なりに抑えた言葉を使った。
「はあ‥‥‥、しかしそれでは、分遣隊としての作戦が」
だがこれが九ノ泉の怒りに油を注いだ。
「貴公、文句が多いぞ! 分遣隊としての作戦はわしが考えることだ。そもそも朝に少数機を敢えて二手に分けると言ったろうが。何度も同じことを言わせるな。どんな形であれ、要は敵を牽制・攪乱し敵機を減らせばよいのだ。その意味ではむしろ貴公らの方が問題ではないか‥‥‥だいたいだな、会敵した四機をなぜ全滅させなかった? 絶対有利な態勢だったのだろう? 貴公ら、攻撃精神が足りんぞ」
二人は絶句した。もちろん、基地のそばで二機だけで低空の敵機を追い回すなど、無謀で無意味だ。
「いずれにせよ、第一小隊は予備少尉の指揮下にはないのだ。よく覚えておけ」
「はあ‥‥‥了解しました」
「他になければ下がれ」
二人は退出し、ジャングル内の機体のもとへ向かった。
道々権藤が話し掛けた。
「やれやれ‥‥‥やっぱりおかしいですね、あの隊長」
「うん‥‥‥どうやらそのようだね」
「おまけに第一小隊の件も奇怪ですね。そもそもあいつらの腕でSBD四機撃墜などあり得んでしょう。だいたいSBDがなんでその地点に‥‥‥そんな編隊はいなかったんじゃないですかね」
第一小隊はいずれも三飛曹(三等飛行兵曹)だが、空中集合でもたついていた。少なくとも権藤より遥かに腕は劣る。仮にSBD編隊がいたとしても、全機撃墜は多分無理だろう‥‥‥。市もそう思った。
「確かにね‥‥‥。富田さんに聞けば何か分かるんじゃないかな」
「なるほど、そうですね」
二人は機体の整備を手伝いがてら富田に顛末を話した。整備科にも分遣隊長の息のかかった者がいる。富田は周囲を警戒した。
「なるほど、それを聞いて合点が行きました‥‥‥実は、最初の出撃時からそうなのですが、第一小隊と第二小隊の機体の状態が、あまりに違いすぎると思っていたのです」
「どういうことでしょうか?」
まだ十回も出撃していないがと前置きし、彼は説明した。
「それはもう毎回毎回、第二小隊はぼろぼろで帰ってくるのですが、第一小隊はまったく被弾していないのです。それなのに二〇ミリだけは全弾撃ち尽くしていまして。一度だけ違うこともあるにはあったのですが‥‥‥それ以外はいつもそうなので妙だと思っていました。でも理由はさっぱり分からなかったのです。しかし今の話を聞いて納得できた気がします。彼ら全然空戦していないのかもしれませんね」
「てことは、上空でずぼらこいた挙句、二〇ミリをわざと空にして帰ってくるってことですか。あり得ねえな。最前線で貴重な弾を無駄にしやがって‥‥‥」と権藤が怒る。
「今日も空でした?」
「ええ」
「機体に損傷はない?」
「はい」
「もし事実だとすると大問題ですね。しかし今日みたいに別行動されると本当のところは分からないなあ‥‥‥」
市の言葉に権藤が被せた。
「それであの隊長、少ない機数をわざわざ第一と第二に分けるんですかね」
「どうもそのようだね」
「今までも第二小隊だけ突っ込ませて、第一小隊は雲隠れしていたのかもしれませんね」と富田。
「そうかもしれません」
市がうなずいた。
「くそ、こんな大事な前進基地がどうなってんだ」
「申し訳ありません。私はおかしいと思っても何も言えませんでした」
富田が顔を伏せた。
権藤の言うように、この基地は航空隊だけでなく日本軍全体にとっても極めて重要な基地なのだが‥‥‥
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