見参B-17 2

文字数 1,916文字

 二人は着陸した。とたんに整備員たちがわーっと群がってきた。
 翼に乗った富田が聞く。
「後半見えませんでしたが、どうなったんです?」
 彼らには木に登って空を眺める場所がある。
「ええ、二番機は撃墜しました」
「おお!」
 何しろ目の前のことなので富田も整備員たちも拍手喝采だ。滑走路は興奮の渦に包まれた。この基地でB-17を撃墜するのは初めてだという。
 ところが、二人が指揮所に入り報告すると、浴びたのは賞賛ではなく叱責だった。九ノ泉は苦虫を噛み潰したような表情である。朝の怒りが再燃したのだろう。
「...手ぬるい! なぜ二機とも撃墜せんのだ。お前たちは手練れではなかったのか? まったく攻撃精神が足りん奴らだな...」
 命がけの空戦にご苦労の一言もなく、この非難である。
(おいおい、簡単に言ってくれるじゃねぇか)
 権藤はカチンときた。そもそも海軍軍人ならば指揮官先頭が習いのはずだ。
(ならばあんたが先頭に立って撃墜して見せたらどうなんだ?)
 こう言いたいところだが、無論言えるはずもない。ただ、「搭乗員は消耗品」の実態はこれかと理解した。
(‥‥‥ち、よりによってこんな所でまずいのに当たっちまったぜ。要するにこの隊長は口だけ出して、挙がった手柄は自分のものなのだろう‥‥‥)
 幼い頃にそういう人間をずいぶん見たが、海軍では初めてだった。
 彼は熱血漢で直情径行のきらいがある。上官でなければ殴ってやりたいところだが、ぎゅっと拳を握りしめてこらえた。
 一方、市はカチンと何かがつながった気がした。
(なるほど‥‥‥この隊長は空戦の実際を知らないのだ。それがなぜか指揮権を持ち、おかしな作戦を立てる。これまでも搭乗員たちは「攻撃精神が足りん」と非難され、命を落してきたのだろう‥‥‥)
 市は、九ノ泉が航空隊指揮官としての資質に乏しいと考えた。やはり見切りをつけるべきだろうと思った。
(はてさて‥‥‥)

 そもそも彼は事変は事変でも満洲事変の頃から戦場体験があり、航空戦には哲学を持っていた。
 航空戦の勝利にはいろいろな局面・場合があるが、戦闘機ならば空戦で勝つことが必須である。空戦で勝つとはすなわち撃墜である。そして撃墜に必要な要素は機体性能とそれを生かす腕、状況判断、そして運だ。それらを持つ者、あるいは適切に行使・発露できる者が空戦に勝利する。
 “攻撃精神”が必要なのはそれらの要素を高めるとき、あるいは戦い全般においてであった。また搭乗員は何よりも勝って生き残ることが大切で、攻撃精神だけで猪突猛進すれば撃墜されて死ぬ可能性が高い。死んでしまっては負けなのだ。
 科学技術と物量で劣る日本が米国に勝てる要素は人間しかなかった。無論、そこには“攻撃精神”も含まれ、重要な要素であるのは間違いない。しかし、肝腎な人間がどんどん失われていては勝てるはずがないのだ。これは養成に時間のかかる搭乗員に特にあてはまった。
(それを理解しない指揮官では勝てない‥‥‥)
 ならば市自身が指揮官になれば良いのだが、その道は進級停止のために閉ざされている。とするなら指揮官を適切に補佐すれば良いが、すでに述べたように彼の弱点は人間関係だ。特に上官と上手く行かない場合が多い。だが、そもそも資質のない上官ほど下官の意見など聞かないものだ。また「行け行けドンドン」あるいは「万骨枯る」タイプの指揮官も補佐のしようはない。
(おそらくこの隊長もそれだ‥‥‥)
 ちなみに市は下官とはおおむね上手くいった。満洲にいた当時、陸軍航空隊の連中と親しめたのは、いろいろ特殊な状況があった故かもしれない。

 それはともかく、二人の居場所はここではなくジャングルの整備場のようだ。指揮所を出ると自然に足が向いた。
 機体には機付き整備員が取りついており、待っていた富田が報告する。
「濠さんの機体は被弾なしでした。一方、権藤さんの機体は翼に三発と胴体に二発被弾しておりました...」
「そうですか、ありがとうございました。またお世話になります」
 急所は外れていたが、もし本人に当たっていればあの世行きである。
「飛曹長、敵の弾道を見てる?」
「ええ、そのつもりですが‥‥‥」
 と言いつつ、彼は被弾した瞬間を記憶していなかった。おそらく最初の攻撃時に一番機に腹を晒したときだと思うが‥‥‥
 ちなみに権藤のミスは、降下を始める位置が相対的に後ろにずれたことだ。そのため降下角度が浅くなってしまった。従って撃たれ易かった。彼は市のいた相対位置まで前に出てから降下すべきだったが、早まってしまったのである。
 一方、市はB-17の弾道を目に焼き付けていた。
(飛曹長の攻撃はかなり危険だったかもしれない‥‥‥)
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