戦いと諍い 4
文字数 2,152文字
F4Fの上昇の遅さにイライラしながら彼らは高度を取り、西進した。もし来るとしたらスネークは北から来る。それを避けるためにやや南に寄せた進路を取り、スミス隊は高度を二万五千(約七五〇〇メートル)まで上げた。Z点の南で変針し、真北に向かう。上下左右を懸命に見張る。と、前方の少し下方に黒点が見えてきた。
「十二時(正面)に不明機三機」と僚機。
「よし、ミート隊は西に回って待機。俺たちはこっち側から突っかける」
「了解」
近づくとそれらは敵機、すなわちゼロだった。機数では四対三だが、スミスの背筋には冷たい汗が流れた。
(もしあれがスネークだったら‥‥‥?)
「みんな分かっていると思うが、あれがもしスネークだったら急降下・離脱だ」
「スネークかどうか、どうやったら分かるんで?」
「突っかけりゃ分かる」
「なるほど、了解!」
エンジン全開で近づいていくと、好都合なことに敵はスロットを横断するかのように北東に飛んでいる。つまりこちらに背を向けているのだ。速度が遅いため、みるみる距離が詰まる。スミスの目に奇妙な迷彩塗装が見えてきた。
(いままで上から来ていた奴らだ!)
だが彼はまだ疑っていた。機体を乗り換えただけの可能性もある。
その第一小隊の三名は、巡航速度でスロット上を往復運動していた。過去、この空域で米軍戦闘機と遭遇したことはない。しかし機上では、彼らも彼らなりに苦悩していた。ともかく早く時間がたってくれと願っている。
以前はガダルカナル上空まで行ったこともある。だが手練れの二人が来てからは行かなくて良くなった。
(なんでこんなところに回されちまったんだ‥‥‥本隊に戻りたい)
(俺たちだって、こんな作戦飛行はおかしいと思ってるんだ‥‥‥)
(飛曹長の怒りはよく分かる‥‥‥あの隊長は異常だ)
しかし、少しでも隊長に逆らおうものなら、即座に第二小隊に回され、死ぬことになる。これまで何べんも見た。
しかも彼らがこの理不尽を逃れる術 はないのである。
「
こう隊長に聞かれたら、「はっ!」と答えなくてはならない。
「いえ、私は撃墜しておりません」などと答えようものなら、
「なんだと? 不甲斐ない奴め。ならば
彼ら三名はひたすら隊長に恭順し、第一小隊の座を
(本隊復帰まで、ともかく風を避けるしかない‥‥‥我慢だ)
(それにしてもあの少尉には肝が冷えたな‥‥‥隊長に意見具申などをして‥‥‥蛮勇とはまさにあのことだ)
だが、戦場で戦闘以外のことに囚われているのは危険である。これまで敵機と遭遇していないとの油断もあり、彼らは見張りがおろそかになっていた。
(...こいつら、もし罠だったら食い破ってやる!)
無防備な三機編隊を見てスミスはちらっと思った。見回すが他に敵機はいない。
「よーし、下から突き上げるぞ。攻撃開始!」
小隊はすでに二機ずつに分かれ、各ペアは上下に展開している。一機が射撃、僚機は支援である。スミスがぐーっと降下し、突き上げると零戦の白っぽい腹が迫ってくる。それが照準環から大きくはみ出すと、彼は操縦棹の機銃ボタンを押した。ここぞとばかり押し続けた。
バーっと心地良い振動とともに、アイスキャンデーと称される弾道が伸びていく。彼は四門の一二・七ミリ機銃に限りない信頼を置いていた。
(無様に腹を晒すこいつらはスネークじゃない! 勝った!)
彼は確信した。
射弾は右側の敵機(三番機)の左から右に舐めるように吸い込まれ、同時に彼はグーンと右上方に退避した。左に切り返して確認すると、今撃った敵機が火を噴きながら落ちていく。
「編隊長、お見事!」
僚機のモロー少尉だ。
「サンキュー。他はどうなってる?」
今日はロルの厳命で無線電話は統制が取れている。
「敵の二番機(左側)もライアンが撃墜しました。一番機(中央)も今追尾してます。編隊長の七時(後方やや左)に逃げてます」
「それを追ってるのはモーガンか?」
「はい、そうです!」
本人が応えた。
モーガン准尉は左のペアで支援に入っていた。ライアン中尉が敵二番機を攻撃した後、一番機は左急旋回から降下で逃げた。それを今度はモーガンが追尾し、ライアンが支援しているわけだ。
「了解、落とせそうか?」
「今撃ってます!」
降下するゼロはF4Fの格好の獲物である。
その五秒後ぐらいに、雑音とともにモーガンが叫んだ。
「やったあ! 編隊長、やりました。ゼロは空中分解しました!」
彼はわめきながら思いっきり操縦棹を引き、破片をきわどく回避した。
「了解。よくやった! みんなもよくやった! では急いで基地に戻るぞ。ミートたちは先行してくれ。すぐに敵の本隊が来るからな」
「了解」
スミスたち四機は編隊を組みなおし、緩降下で増速した。
帰路に彼は心地良い脱力を感じた。極度の緊張から解放されたためだ。
「ふーっ」
呼吸を整えながら頭の中で手順を反芻する。あっけない空戦だった。スネークによる被撃墜六機に対し、撃墜三機でようやく一糸報いた。
(よーし、これで敵の雑魚は全て片付けた。パーフェクトゲームだ。おそらくスネークを孤立させたはずである。次は彼奴等 が地獄に落ちる番だ‥‥‥明日は俺が決着をつけてやる!)
「十二時(正面)に不明機三機」と僚機。
「よし、ミート隊は西に回って待機。俺たちはこっち側から突っかける」
「了解」
近づくとそれらは敵機、すなわちゼロだった。機数では四対三だが、スミスの背筋には冷たい汗が流れた。
(もしあれがスネークだったら‥‥‥?)
「みんな分かっていると思うが、あれがもしスネークだったら急降下・離脱だ」
「スネークかどうか、どうやったら分かるんで?」
「突っかけりゃ分かる」
「なるほど、了解!」
エンジン全開で近づいていくと、好都合なことに敵はスロットを横断するかのように北東に飛んでいる。つまりこちらに背を向けているのだ。速度が遅いため、みるみる距離が詰まる。スミスの目に奇妙な迷彩塗装が見えてきた。
(いままで上から来ていた奴らだ!)
だが彼はまだ疑っていた。機体を乗り換えただけの可能性もある。
その第一小隊の三名は、巡航速度でスロット上を往復運動していた。過去、この空域で米軍戦闘機と遭遇したことはない。しかし機上では、彼らも彼らなりに苦悩していた。ともかく早く時間がたってくれと願っている。
以前はガダルカナル上空まで行ったこともある。だが手練れの二人が来てからは行かなくて良くなった。
(なんでこんなところに回されちまったんだ‥‥‥本隊に戻りたい)
(俺たちだって、こんな作戦飛行はおかしいと思ってるんだ‥‥‥)
(飛曹長の怒りはよく分かる‥‥‥あの隊長は異常だ)
しかし、少しでも隊長に逆らおうものなら、即座に第二小隊に回され、死ぬことになる。これまで何べんも見た。
しかも彼らがこの理不尽を逃れる
「
君
はそこで一機撃墜した、そうだな?」こう隊長に聞かれたら、「はっ!」と答えなくてはならない。
「いえ、私は撃墜しておりません」などと答えようものなら、
「なんだと? 不甲斐ない奴め。ならば
お前
は明日から第二小隊で飛べ」となる。彼ら三名はひたすら隊長に恭順し、第一小隊の座を
守っている
のだ。(本隊復帰まで、ともかく風を避けるしかない‥‥‥我慢だ)
(それにしてもあの少尉には肝が冷えたな‥‥‥隊長に意見具申などをして‥‥‥蛮勇とはまさにあのことだ)
だが、戦場で戦闘以外のことに囚われているのは危険である。これまで敵機と遭遇していないとの油断もあり、彼らは見張りがおろそかになっていた。
(...こいつら、もし罠だったら食い破ってやる!)
無防備な三機編隊を見てスミスはちらっと思った。見回すが他に敵機はいない。
「よーし、下から突き上げるぞ。攻撃開始!」
小隊はすでに二機ずつに分かれ、各ペアは上下に展開している。一機が射撃、僚機は支援である。スミスがぐーっと降下し、突き上げると零戦の白っぽい腹が迫ってくる。それが照準環から大きくはみ出すと、彼は操縦棹の機銃ボタンを押した。ここぞとばかり押し続けた。
バーっと心地良い振動とともに、アイスキャンデーと称される弾道が伸びていく。彼は四門の一二・七ミリ機銃に限りない信頼を置いていた。
(無様に腹を晒すこいつらはスネークじゃない! 勝った!)
彼は確信した。
射弾は右側の敵機(三番機)の左から右に舐めるように吸い込まれ、同時に彼はグーンと右上方に退避した。左に切り返して確認すると、今撃った敵機が火を噴きながら落ちていく。
「編隊長、お見事!」
僚機のモロー少尉だ。
「サンキュー。他はどうなってる?」
今日はロルの厳命で無線電話は統制が取れている。
「敵の二番機(左側)もライアンが撃墜しました。一番機(中央)も今追尾してます。編隊長の七時(後方やや左)に逃げてます」
「それを追ってるのはモーガンか?」
「はい、そうです!」
本人が応えた。
モーガン准尉は左のペアで支援に入っていた。ライアン中尉が敵二番機を攻撃した後、一番機は左急旋回から降下で逃げた。それを今度はモーガンが追尾し、ライアンが支援しているわけだ。
「了解、落とせそうか?」
「今撃ってます!」
降下するゼロはF4Fの格好の獲物である。
その五秒後ぐらいに、雑音とともにモーガンが叫んだ。
「やったあ! 編隊長、やりました。ゼロは空中分解しました!」
彼はわめきながら思いっきり操縦棹を引き、破片をきわどく回避した。
「了解。よくやった! みんなもよくやった! では急いで基地に戻るぞ。ミートたちは先行してくれ。すぐに敵の本隊が来るからな」
「了解」
スミスたち四機は編隊を組みなおし、緩降下で増速した。
帰路に彼は心地良い脱力を感じた。極度の緊張から解放されたためだ。
「ふーっ」
呼吸を整えながら頭の中で手順を反芻する。あっけない空戦だった。スネークによる被撃墜六機に対し、撃墜三機でようやく一糸報いた。
(よーし、これで敵の雑魚は全て片付けた。パーフェクトゲームだ。おそらくスネークを孤立させたはずである。次は
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