さらなる捻れ 1

文字数 1,903文字

 こちらは前進基地。第一小隊が壊滅した数時間後である。
 分遣隊長室では、椅子にふんぞり返った九ノ泉が、飛行士役を務める事務掛士官の報告を聞いていた。
「第一小隊の三名の未帰還がほぼ確実になりました。どこか友軍の島に降りていればよいですが‥‥‥」
 この時期は陸軍の舟艇部隊が展開している島もあり、その期待がないことはない。しかし九ノ泉は、多分ないだろうと考えていた。
「そうだな。‥‥‥しかし、おそらくそれはないな」
「はあ‥‥‥」
「もうよい、下がれ」
「は!」
 彼は、“あの地点”まで米軍機が進出してくるとは想定しなかった。となると、積乱雲にでも突っ込んだかである。ならば三名は跡形もなく消えただろう。帰ってこないのが何よりの証拠だ。
(それにしても無能な奴らだ‥‥‥あれだけ楽をさせてやったのに、なんたるザマだ。わしの顔に泥を塗りおって)
 部下が戦死することで痛痒を感じないが、あまり多くの搭乗員を戦死させると指揮官が資質を疑われる。彼は、そのような原因を作り、自分の足を引っ張る人間たちが腹立たしかった。
 一方で、直卒の小隊がなくなると、戦果を達成することができなくなる。これは非常に痛い。あの痴れ者の予備少尉が命令通りの戦果を挙げてくるはずはないし、いわんやならず者の飛曹長をやである。このままでは彼の凱旋計画は頓挫しかねない。
(‥‥‥ともかく直ぐに搭乗員を補充せんことには埒が明かぬ。どうするか‥‥‥?)
 ここでぱっとアイデアがひらめき、思わず口に出した。
「...そうだ、ラバウルに行って副長や飛行長に直談判すればよい!」
 搭乗員を送ってくれと直接頼むのである。
 彼はこのアイデアが気に入った。
 前線の最高指揮官がたとえ一時でも自ら任地を離れるなど、あってはならぬことだが、“理論派”の彼は気にしなかった。

 翌日の昼過ぎ、ラバウルの東飛行場で傑作な一幕があった。東の空から現れた零戦が着陸時に派手にバウンドした挙句、走路を外れて止まるというアクシデントが起きたのだ。その機体は陸軍機のような奇妙な迷彩塗装をしている。
 他隊の中尉たちがたまたま見ており、一人が怒りだした。
「誰だ、あんなふざけた着陸をする奴は! 気色悪い塗装をしやがって‥‥‥ぶん殴ってやる!」
 すごい剣幕で走り出そうとしたが、別の中尉に腕を掴まれた。
「おいバカ、やめろ! 指揮官機のマークが付いてるぞ」
「なにい? ならば別の奴が乗ってるんだろ。離せ!」などと揉み合っていたが、こちらに歩いて来る搭乗員を見ると、まごうことなき大尉だ。中尉たちはぽかんと口を開けていたが、慌てて敬礼した。その大尉こそが九ノ泉であった。

 あらかじめ電報が来ており、指揮所では副長と飛行長が待っていた。
「おい、あらましは聞いておるが隊長の君がわざわざ来ることはないだろう」
 飛行長が前線離脱を暗にたしなめる。
「はあ、電報では埒があきませんので‥‥‥。これはどうしても直接お話しないといけないと思いました」
「ふむ。‥‥‥ではまず昨日の作戦から聞こうか。なぜまた三名も戦死したのだ?」
 実のところ、二人は苦り切っていた。
 それでは手練れを二人も送った意味がないのだ。
「はあ。昨日はその三名のみの出撃で、高度七千でスロットからルンガ上空に突入する予定でした。しかし彼らが戦死に至った状況はまったく不明です」
「ん? 出撃がなぜ三名だけだったのだ。君はともかく、濠少尉と権藤飛曹長はどうした? マラリアにでも罹ったか?」
 九ノ泉は憂い顔を作ってわざと言い(よど)んだ。
「はあ、いえ‥‥‥それがまことに遺憾な事案が出来(しゅったい)しまして、彼らは飛ばなかったのです‥‥‥」
「というと?」
「‥‥‥実は、前日に権藤飛曹長が

した挙句に、その三名を私的制裁で傷付けていたのです。わたくしの監督不行き届きでまことに遺憾な事態でした」
「ほぉ‥‥‥、あの権藤がねえ」
 飛行長は腕組みして考え込む。あれはそんな男だったっけ‥‥‥
「はあ、そこでさらに遺憾なことに、濠少尉が私的制裁に加担していたのです」
「なんだと?」二人は目を丸くした。
「それはまことにイカンなあ」と副長。
「副長、茶化しておられる場合ではありません。わたくしはいささか頭を抱えたのです。しかし平素より私的制裁を厳に戒めておりましたので、止むを得ず両名を謹慎処分にいたしました。故に不本意ながら出撃は若手の三名のみとなり、それが最悪の結果を招きました‥‥‥」
「なるほど、それは確かにイカンなあ。制裁の理由はなんなのだ?」
「副長またそんな‥‥‥理由は白状しませんでした」
「そうか‥‥‥」
「ところで、その二人はどのように飛んでおったのだ?」と飛行長。
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