ロル海兵少佐の戦い 3

文字数 2,198文字

 怒りにまかせて十二機を送り、一挙にもみ潰そうとしたが逆効果だった。たった二機のゼロに翻弄された挙句、またもや貴重なパイロット二名を失った。彼を始め、部下たちがどこかでスネークを舐めていたことは否めず、その結果がこれであった。当然だが、怒りは自分にも向いていた。
(落ち着け! なぜこうなったか考えろ!)
 彼は学生時代フットボールチームを率い、頭脳プレイでリーグを勝ち抜いた経験があった。頭の切り替えは早いつもりである。
(考えろ、考えろ...)
 これを何べんも唱えた。そうしながら通信室を出ると、パイロットの待機室に向かった。

 パイロットが全員戻ると、空戦の様子を詳しく聴き取り、みなで機動を再現した。すると恐るべきことが分かった。ロルは黒板に向いた。
「よし、まとめると以下のようになる。スネーク二機は、左右に分かれた後、それぞれが点対称の軌道で回避の曲技飛行を行った。さらに交叉した後に左右を入れ替えて同じように飛行した。そこで、無理に追従しようとしたF4F二機が正面衝突で失われた。その後にいったん雲に入り、F4Fは完全に撒かれた。ところが奴らは再度雲から出て来て二機に奇襲を掛けた。その後はまた雲に入り、おそらく再び交叉飛行を続けながら北方に避退した」
 スネークの機動をぐるぐるチョークで書きながら彼は舌を巻いた。
(なんて奴らだ‥‥‥サーカスの飛行団じゃあるまいし。実戦でこんな飛び方ができるとは‥‥‥)
 それは凄まじいまでの見事な連携である。
 パイロットたちも現場では夢中で分からなかったが、今その事実を知り息をのんだ。
「なんだそれ‥‥‥イカレてるぜ‥‥‥」
 彼らも一様に背筋に冷たいものを感じた。冷水をぶっかけられた気分だ。
 しかし、栄光の海兵隊戦闘機隊がこのまま引き下がることはない。絶対にスネークを仕留めねばならぬ。
(それには手順が必要だ‥‥‥)
 ロルは思考をこらした。部下たちもあれこれ言い始めたが彼の耳には入らない。そうこうするうち、一つのプランが頭の中で形を成してきた。
 彼は何かを振り払うようにかぶりを振ると言った。

「聞いてくれ。どうやら俺は考え違いをしていたようだ。今日の俺たちはスネークの罠に嵌ったのだ。ゼロの格闘性能に加えて、あの二機の操縦技倆と連携機動は神業に近い。奴らを今までの日本軍搭乗員と同じように考えてはならない」
「それは分かりますよ、ボス。でも‥‥‥じゃあ、俺たちはいったいどうすれば良いので?」
「うむ。まずはだな‥‥‥まずは‥‥‥奴らを後回しにする。おっと待て。これはあくまで戦術だ。恥じることはない。取り敢えず奴らが来たら退避してくれ。SBDが狙われたら別だが、そうならぬよう向うの連中(SBD隊)にも念を押しておく。スネークは絶対に避けるようにと」
 みなは怪訝な表情になり、続きを待つ。
「クノの作戦はいつも決まっている。要するに囮を突っ込ませて別の奴が上から来るだけだ。俺たちはその囮をおいしくいただいていたわけだ。ところが、昨日から囮がとんでもなく強い奴に変ったのだ。一方、上の奴らは大したことのない雑魚だ。お前たちは高高度で網を張れ。まずは雑魚から片づけ、スネークを孤立させろ」
「なるほど、それで?」
「ラバウルの本隊は火の車のはずだ。雑魚がやられても、そう簡単に増援は送れんだろう。なので、以後はスネークだけで来るに違いない。それからゆっくり料理する」
「いや、しかしボス‥‥‥、この二日間も二機しかいませんでしたぜ」
「ああ、そうだ。だから戦法を変えねばならん。次からは全員が一撃離脱に徹するのだ。これを徹底してくれ。絶対にスネークと格闘戦をするな。八機で一撃離脱を仕掛けろ。二機ずつ攻撃を掛け、避けられたら全速で降下、離脱。十分な距離をとって上昇し、元の位置に復帰せよ。奴らが二手に分かれたら、片方だけ狙え。不利になったら直ちに降下、離脱だ。とにかくそれを繰り返せ」
「いやしかし、今日もそのつもりでしたが‥‥‥」
「しかしはやめろ。とにかく徹底するんだ。衝突した二機もスネークを追躡(ついじょう)していたわけだろ? 認めたくはないが、それでやられたのだ。愚直になって一撃離脱を繰り返せ。スネークといえども、何十回も攻撃されれば必ずミスをするはずだ。あるいはラッキーヒットがあるかもしれん。弾はいくらでもあるから、当たろうが外れようが撃ちまくれ。明日からはやられないことを優先せよ。それでいつかは必ず勝てる。そのためにもまずは雑魚を片付けて、スネークに集中するようにしろ」

 ロルは、スネークのペースにまんまと嵌ったことを反省した。そこでいったん槍先を躱し、“雑魚”を先に片づけることで、自分たちのペースと自信を取り戻そうとした。
 もっとも、一撃離脱に徹しようが回り込んでくるのがスネークだが、部下たちも素人ではない。F4Fの最大の弱点は上昇力で、一回降りてしまうと優位な位置を取るまでがネックになるが、それをカバーするのは八機四ペアの連携次第ということになる。
「また今日は指揮系統がいま一つ不明確だった。明日から俺は一切口を出さんからな。それと、天候もスネークに有利だった。雲がない日は、場合によっては二チーム十六機で行くぞ。みなで一致団結して奴らを地獄に叩きこめ。よいな! 絶対だぞ」
「了解!」
 まあいいや、とにかくやってみようじゃないかと、男たちは立ち上がった。
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