ラバウルの出会い 4

文字数 1,713文字

 夕方、また搭乗員集合が掛かった。飛行長が分遣隊に補充する搭乗員について命令を伝えた。
「とりあえず二名を分遣隊に送る。濠少尉、君が指揮を取れ。進出は明後日だ」
「はい」
「もう一名は権藤飛曹長、君だ」
 ここで一同が少しざわめいた。
「は?」
「二人とも存分に戦ってくれ。任務は制空だが、分遣隊長から詳しく指示があるだろう。必要に応じてさらに搭乗員を送るが、人選等は未定である」
「はい」
 権藤は不満がないでもなかったが、濠少尉と行くならいいやと思った。飛行長は太っ腹なのか分からぬが、凄腕の搭乗員を二人も出すわけだ。それなりの戦ができるだろう。

 ところが、その後彼が整備科に行くと、聞き捨てならぬ話を聞かされた。
「よう先任、あさってから分遣隊に行くことになっちまったよ。明日も酷使するから機体の整備は念入りに頼むわ」
「ああ、聞いてるよ。任せとけ」
 ここで徳永が声をひそめる。
「ところでその分遣隊長だが、どうも搭乗員は消耗品扱いらしいぜ」
 実際問題、わずかな期間に六名が戦死している。
「何だと? ‥‥‥そりゃあとんでもねえな」
 シっ声がでかい、と徳永が口に指を当てる。
「基地もひどくて、連絡に来た奴がこぼしてたぜ。ほんとあらゆることがひでえみたいだわ」
「参ったなそりゃ。‥‥‥ところで向こうの整備分隊士ってどんな奴なんだ?」
「富田さんていう整備特務少尉だ。まじめな人だぞ。だからいろいろ板挟みになって苦労してるらしい。俺よりうんと古いから整備は神様レベルだぜ」
「ほう、そんな古い人が行ってるのか。それは頼りになるな。ところで俺の機体は問題ないな? よろしく頼むぜ」
「おお問題ないとも。まあ、頑張ってこいや。死ぬなよ」
 何にせよガダルカナル島までの距離が半分に短縮するのはありがたかった。

 一方、市も前進基地に出るのはありがたいと思っていた。彼の場合体重のせいで、普通の搭乗員より三〇キロ爆弾一個分機体が重いのだ。つまり他機と編隊を組んで同速度で飛んだ場合、わずかだが余分に燃料を消費する。ガダルカナル島は五六〇浬(千キロ少々)という航続距離ぎりぎりの遠方にあるので、これは非常に大きな不利になる。
 同島の航空戦については、いろいろ聞いていたが、空母の戦より数段厳しいだろうと予想していた。なにせ、毎日毎日片道三時間以上も飛んで行くのだ。たまったものではない。少なくとも空母ではそのような戦はない。
 ガダルカナルはまさに体力勝負の持久戦だった。しかし前進基地に行くことで不利が大幅に緩和されるわけだ。

 翌日、二人はガダルカナル行きから外され、一日中模擬空戦をやった。いや、むしろ二人の連携に重点を置いた。さんざん飛び回るうちに、互いに打てば響くような相手だと分かった。あの模擬空戦の内容からすれば当然であろうが。
 市も権藤も、「この二人ならとことんまで戦える」と思った。

 その夜、明朝が出発という晩である。二人は宿舎から少し離れた小高い丘の上で坐っていた。ここは夜になると良い風が当たり結構過ごしやすい。
「...それで分隊士、ミッドウェーで落されたときはどういう状況だったんですか?」
 権藤が尋ねた。
 二人はこの二日間ですっかり打ち解けていた。互いの技倆に一目も二目も置いたからだ。
「うん、あのときはね‥‥‥」
 市は顛末を話し始めた。
 権藤は煙草を咥えているが、市は吸わない。スーっと心地良い風が吹きぬけ、紫煙を運んでいく。向こうを見やると、月明かりのもとで丈の低いカルデラ火山が白煙を上げている。有名な花吹山だ。

  * * *

――今から二か月と少々前のこと。
 太平洋の真ん中、ミッドウェー島の北西約二〇〇浬の海域で起こった出来事である。

 南雲機動部隊の零戦隊は、三々五々襲い来る同島の陸上機による下手くそな襲撃を撃退し、次には敵空母から来るTBDデバステイター雷撃機を片っぱしから叩き落していた。その様子は、母艦だけでなく周囲の艦の乗組員も見ることができた。完璧といってよいワンサイドゲームである。
 全部合わせると、軽く数十機は撃墜したのではないだろうか。
 それはそれは華々しい空戦だった。すぐ後にどん底に突き落とされるとは知らずに‥‥‥
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