ロル海兵少佐の戦い 1

文字数 1,987文字

 一方、こちらはガダルカナル島の米海兵隊航空部隊である。

 さっきから、列機を失った飛行隊長のロル少佐が荒れに荒れていた。あのとき彼は一番機で飛んでいたのだ。
「クソ、クソ、クソ!」
 彼はスラングを連発し、イライラ歩き回りながらそこらじゅうの物に当たり散らした。どうにも腹の虫が収まらぬ。戦争だから死人が出るのは仕方がないが、やられ方が良くなかった。敵のパーフェクトゲームを許したのだ。
(しかも、俺はあのときに恐怖を感じてしまった‥‥‥)
 二番機が爆発した瞬間のことだ。背筋が凍った。彼は被弾しながら必死で逃げた。名誉ある海兵隊員が敵に背中を見せたのだ。日本軍ごときを相手に。
‥‥‥あまりに惨めではないか。
 彼は自分で自分が許せなくなっていた。

 ロルたちは、六月にミッドウェー島の防空戦で勲功を挙げたばかりだった。さらに今回は連合軍の総反攻の先頭に立つことになり、意気揚々とガダルカナル島に乗り込んできた。
「俺たちが、小癪な日本兵どもを叩き潰す!」
 誰もが心に誓っていた。
 そのためか、滑り出しはまあまあ順調だったが、これからというときにこの完敗を喰らったのである。
 彼の二番機は手練れの准尉だったが、文字通り機体とともに四散した。ちなみに四番機の少尉も機上戦死しており、ロルは一瞬のうちに二名の手痛い損失を被った。
「スネーク(狡猾・卑怯者)どもめ、不意打ちを喰らわせおって! 絶対に許さぬ‥‥‥」
 彼は自分たちの見張りの不備を棚に上げ、スネークの不意打ちに憤った。

 ロルは夕方のミーティングで戦闘機隊のパイロットに檄を飛ばした。
「今日は、午後にもマッカーサー部隊のB-17がブーゲンビル島上空で一機やられたとのことだ。どうやら朝に俺たちを奇襲した奴らと同じ二機と思われる。クノ(九ノ泉のこと)の部隊は練度が低いが、この二名は別格のようだ。みんな気を引き締め直せ」
 パイロットたちは互いの顔を見合わせた。
「明日からはパトロールを二個小隊八機で行うことにする。まだ情報は入っていないが、いずれそいつらの名前も分かるだろう。もしその二機に遭遇したらすぐに連絡し、必ず八機で対処せよ。場合によってはさらに増援を送る。いいか、絶対にこのままやられているわけにはいかん。何としてもあの忌々しいスネークを仕留めるのだ。ちなみにレーダーは数日中に稼働する見込みだ。それまでは索敵情報が不完全だと思ってくれ。油断するな。見張りを厳にせよ。君たちが一日も早く少尉と准尉の仇を取ってくれるよう切望する」
 これ以降、例の二機をスネークと呼ぶようになった。

 ちなみに、スパイ情報が届いたのはこの日の夜半である。情報将校がロルに報告した。
「クノの部隊に搭乗員が二名補充されておりました。そいつらは手練れらしく、今回の下手人で間違いないと思われます」
 日本軍の前進基地には現地人スパイが何人も入り込んでおり、だいたい二昼夜掛かってガダルカナル島に情報が届いていた。
「また、フロリダ島北岸の沿岸監視員が、例の二機を味方機と誤認して報告しなかったとのことです」
「そうか。では司令官からソロモン全域の監視員に示達してもらうよう計らえ。少数機、あるいは例え味方機でも報告することを徹底するのだ」
「了解」
 また、チョイセル島やサンタイサベル島の外海側にも沿岸監視員が派遣されることになった。
 ソロモン諸島は、地図上でブーゲンビル島の下に二列になって続き、二列の間の水路をスロットといった。スロットは日本軍の艦艇や飛行機が最短距離でガダルカナル島と往復できる経路である。従って沿岸監視員は各島のスロット側に配置されていた。それで今回は二機を発見できなかったのだ。
 ロルは日本軍の戦爆連合などどうでもよくなっていた。彼は密かに誓った。
(その前にあの二人を必ず始末する‥‥‥)
 そして翌朝に早くもロルの手番が来た。

――彼は無線室に陣取って指揮していた。
 この朝は早くも各島のウォッチャー(沿岸監視員)から続々通報が入り、日本軍戦爆連合のガダルカナル島到着時刻は十一時頃と予測された。
「スネークに関する情報はまだ来ないか?」
「まだ来てません」
「そうか‥‥‥」
 彼は無線電話のマイクに怒鳴った。
「いいか、みんな。スネークは十時過ぎに現れるはずだ。スミスの小隊が攻撃せよ。グレッグ(グレゴリー中尉)たちは支援の態勢をとれ。サンデル(中尉)たちも直ちに離陸し、二個小隊の予備として高度を取れ」
「了解」
 かくて、すでにF4Fの二個小隊(八機)が上がっていたが、ロルはさらに一個小隊を支援に上がらせた。スネーク二機を十二機で袋叩きにするのだ。

 十時半頃である。第一小隊のスミス大尉が叫んだ。
「ボス、スネーク発見! 二機の横隊でフロリダ島上空、針路一八〇(真南)、高度一万七千(米軍の高度単位はフィート・一フィートは約〇・三メートル)」
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