勝男、見参! 1

文字数 2,166文字

 スミスは空戦域の西方上空で待ち構えていた。すでにミート中尉の小隊と合流しており、生き残ったスネークを挟み撃ちする態勢である。
 続けて指示を出す。
「日本軍の戦爆連合はスナイパー大尉の中隊が迎撃する。つまり俺たちはスネークに専念できるということだ。まだ空戦できる者は支援してくれ。次は俺とミートの小隊が攻撃する」
「了解」
 彼は追尾をピットマンたちに任せ、高度を少し下げて、ミートの小隊とともにスネークと平行に南西に飛ぶことにした。退路を塞ぎ、ゆっくり確実に料理するつもりだ。もちろん、心の中はギラギラ燃えている。
 一方、バラバラになったグレゴリーの小隊も集合し、ガダルカナル島内陸部を東側からスネークを追い立てるように飛ぶ。ピットマンたち二機も同様である。つまり都合十四機が市を袋叩きにすべく追っていた。
 状況は圧倒的有利で、唯一燃料が持つかだけが懸念材料だった。

 さて、それらは空の状況だが、ここでガダルカナル島の陸上、タイボ岬の海岸に目を移そう。敵飛行場から東に約三〇キロメートルほどの地点である。

 そこは白い砂に青い海。立ち並ぶ椰子の林に真昼の太陽がぎらぎらと降りそそぐ。ところどころに咲き乱れるのは白い野生の花だ。戦争がなければ陽気な南国の風景だが、岬の周辺は帝国陸軍の上陸拠点になっていた。そのため、ジャングルの中には夜間に上陸した兵たちがひしめいていた。
 これから見るのは、岬から少し西に離れた、とある分哨である。
 海岸の奥行は二〇メートルほどで、内陸側のジャングルには塹壕陣地が張り巡らされていた。

 一週間交替でこの分哨を指揮するのは船越勝男軍曹だ。
 彼は、つい先日米軍陣地に突撃して全滅した支隊先遣隊の生き残りだった。今はここで海岸の警備をしている。
 彼は生まれも育ちも満洲(正確には関東州)の大連である。父は濠隆政といい、市の父の長兄であった。つまり彼は市の父方のいとこにあたるが、婚外子なので姓が違う。
 少年の頃から、彼は同い年の市がうらやましくてならなかった。市も同じ大連で育ったが、いつしかパイロットという雲の上のような存在になり、彼の尊敬と羨望は一層強まった。今もそれは変わらず、こうして戦場にいても市の慧眼に感心する。なぜなら、彼ら陸兵は、飛行機のせいでいつも薄暗く湿っぽいジャングルに閉じ込められているからだ。
 敵機は一人でも日本兵を見つければ執拗な機銃掃射を行う。勝男たちには何の対抗手段もなく、遮蔽して敵機が去るのをひたすら待つしかなかった。つまり、この島の飛行場に敵機が進出して以来、彼らは一方的にやり込められていたのだ。

 そういう目に会うたびに、彼は呪文のようにつぶやく。
「ああ、市ちゃんが来てやっつけてくれたらなあ‥‥‥」
 これは、すべての日本軍陸上部隊に共通する願望でもあった。
 歩兵だろうと砲兵だろうと、例え戦車兵だろうと、飛行機の前には手も足も出ないのが実情なのである。それに比べれば、パイロットの市はまさに天を仰ぐ存在だった。
 誰もが渇望する友軍の戦闘機。しかし滅多に目にすることはない。
「市ちゃん、どこにいるの‥‥‥?」
 それは皆目見当もつかなかった。

 このところ、タイボ岬には味方の増援部隊が続々と到着していた。その兵達は、集合し点呼を取ると西に向けて行動を起こす。夜間は海岸を、昼間はジャングルの中を行軍していく。今度は旅団規模の兵力を投入し、一挙に飛行場(米軍呼称・ヘンダーソン飛行場)を奪還するという。
 勝男たちはその揚塔作業に一晩中駆り出され、ほとんど眠っていなかった。夜に作業し、明け方に陣地に戻る二重生活である。おかげで午前中からひどい睡魔に襲われていた。
 このときは、夢うつつでグオー、グワーンと爆音を聞いていた。
「班長殿! 起きてください。あれを」
 勝男は揺り起こされた。
「どうした?」
 壕から乗り出してみると海上で空戦をやっている。高度が低いのでエンジン音が凄まじい。
(おお! もしかして市ちゃんが来てくれたのかな)
 いずれにせよ、友軍戦闘機を見るのは久しぶりだ。
 彼は危険を忘れて海岸に出ると、砂浜にどっかり腰を下ろした。何が何だか分からないうちに、一機が海上に墜落した。その機から出たのか、空にはぽっかりと落下傘が浮いている。しかも、どうやらこちらに流れてくるようだ。
「おーい、軽機持ってきてくれ」
 勝男はジャングルに声を掛けた。彼の分哨は軽機を三挺持っているのが自慢だ。弾もたくさんある。ざくざくと砂浜を走って来る音。彼の横に軽機が据えられ、小銃を持った兵たちが伏せた。
「あれ(落下傘)は友軍ですか?」
 部下たちが尋ねる。
「よく分からん。敵だったら捕虜にするぞ」
「はい!」

 風がけっこうあり、落下傘は彼らの左手の方に流れてくる。一部が焦げて、穴も開いている。
 爆音はジャングルの方に移動していったが、突然また一機が現れ、落下傘を射撃し始めた。
「おいおい、日本軍がそんな汚いまねをするな」
 生真面目な勝男は落下傘の主を米兵と思い、とっさに叫んだ。が、その瞬間に鮮やかな星のマークが目を射た。撃っているのはグラマンである。彼は軽機を掴んで立ち上がった。
「くそっ、落下傘は友軍だ! おい、みんな、対空射撃用意! あの敵機を墜とすんだ」
「は!」と兵たちも立ち上がる。
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