市の未帰還 1
文字数 2,386文字
市は敵機の約一キロ東を山越えし、すぐさま西に変針した。その正面を敵機が次々と左方向(南)に登っていく。米軍機の下面も空に溶け込みやすいが、市には見えていた。F4Fは山脈を超えると、そのまま高度を取りながら南西に向かっている。市はその後下方に追いすがり、じりじり距離を詰め始めた。敵は後方に二つのペアが約百メートル間隔で飛び、その前方約二百メートルにもう一つペアが飛んでいる。どのペアも上下ではなく梯形だ。
高度四千ぐらいになったとき、市は後方四機の後下方約百メートルの位置につけていた。もう少し詰めたいが、西方にも敵がいるので、このまま上昇していくのも危険だ。彼は右の二機を下面から撃って離脱することにした。
米軍の六機は上昇に気を取られ、後下方に忍び寄る市に気づいていない。同じ過ちを何度も繰り返しているが、それはF4Fの後方視界が悪いためでもあった。特に、上昇中に後下方を確認するのは非常に難しい。
市は右にいるペアの下方に食い込むと、ガーっと引きっぱなしで七・七を撃ち込んだ。そのまま右に反転・離脱する。
狙ったわけではないが、この弾丸は右ペアで二番機の位置(左)にいたギルバート中尉自身を貫いた。
「グェェェッ!」
彼のF4Fはがくんと水平になり、さらに錐もみで落下し始めた。
「あああ、またやられた! スネークです。スネークが俺たちの後ろにいやがった、クソお!」
ギルバートの右にいたリチャードが叫んだ。彼の機もガンガンと衝撃を感じ、弾道が機の左側を下から上に通過するのを見た。彼は反射的に右に切り返し、操縦棹を突っ込んだ。なんとしたことか、右の五百ヤードほど前方をスネークが飛んでいる。
不意打ちを受けた編隊は五機に減り、ばらばらになってしまった。
それにしてもガトーの小隊はよくよくツいていなかった。今日やられた三機は全てガトーの小隊だった。
「みんな来てくれ。スネークが北に逃げてる。現在位置はハンター岬西方五マイル付近。針路三三〇(北北西)、高度は一万二千程度」とリチャード。
「了解、全速で向かう」
スミスが応答した。彼らはピットマンがスネークを見失ってから、先回りすべく西寄りを飛行していた。
一方、こちらではリチャードの左をピットマンが追い越しながらバンクする。
「リチャード、二人でスネークをやろうぜ。グレッグ、それでいいかい?」
ピットマンが言った。彼はグレゴリー中尉より階級は低いが飛行歴はずっと長い。
「了解。俺たちは掩護にまわる」とグレッグ。
「サンキュー」
その二機は先行し、緩降下で高度は一万ぐらいである。しかしスネークとの距離は四百ヤードぐらいから一向に縮まらない。全速で海岸線を飛ぶうちに、早くもガダルカナル島の北西端(エスペランス岬)が見えてくる。時々点射するが当たらない。
(クソ、このまま逃げられるのか?)
と思ったとき、
「な、な!?」
スネークがグーンと大きな宙返りを始めた。二人は左右にそれぞれ上昇したが、その次で呼吸が合わなくなった。左のピットマンはそのまま左旋回に入り、右のリチャードは宙返りに入った。
市はおきまりのインメルマンから下降、左旋回、失速反転である。リチャードは宙返りから降りたところで完全に市を見失い、急降下で逃げれば良かったが、そのまま前に飛ぶミスを犯した。そのとき市は右後上方からリチャード機を射程に入れた。しかし市もまったく余裕がなく、操縦席まわりを撃つしかない。そして撃った。
が、リチャードはベテランの本能で操縦棹を突っ込んでいた。射弾は直前に操縦席があった辺りで空を切った。
そのときに追い付いてきたグレゴリーたち二機(残り一機はギルバートの最後を見届けにいった)が、少し遠くからガーっと乱射した。味方の危機になり振りを構っていられない。市はこれも躱し、ぐーんと降下しながらピットマンとすれ違った。米軍の四機はロルの作戦など完全に忘れ、再び格闘戦を演じていた。
スミスの小隊とミートの小隊が上空に現れたのはこのときである。スミスが指示を出した。
「よーし、どうやら俺たちの番が来たようだ。選手交代だ。グレッグ隊とリチャードたちは基地に戻って補給してくれ。もう弾もほとんどないだろう? そろそろ敵の本隊が来るからそれに備えてくれ(退避せよの意味)」
「了解!」
確かに五機の残弾はほとんどなかった。F4Fは、スミスの小隊以外はF4F-3からF4F-4に機種変換している。そのため、機銃が六門に増えたのは良いが携行弾数が大幅に減っていた(一門あたり四五〇発から二四〇発に減少)。ロルは昔の感覚で「撃ちまくれ」と言ったが、実は「そんなに撃ちまくれない」のである。
ともあれ五機は思い思いに反転し、飛行場に向かった。
一方、スミスはロルの作戦通りに一撃離脱の攻撃を開始した。
「みんな! スネークは相当に疲労しているはずだが、油断するな! ボスの作戦通りに行くぞ! 今日がこいつの命日だ!」
「了解!」
二個小隊八機は四つのペアに分かれ、各ペアは約一機分の間隔を開けた横隊となり、市の後上方から突入する。ただし、高度がすでに一万フィートを割っており、射撃後の降下・離脱にあまり余裕がない。だが、もちろんそんなことは関係なく、彼らは機銃を撃ちながら次々と市に襲い掛かった。
しかし市は根気よくその攻撃を躱した。スミス隊が降下を開始した瞬間に、いつもの大きなバレルや左急反転を打って攻撃の方向を狂わせる。さらには、こちらから誘いをかけて、各ペアの降下する方向がバラバラになるようにしむけた。
四ペアの攻撃が終わると、彼は最初のペアが上空に復帰するところに逆襲した。それはスミス大尉と二番機のモロー少尉のペアだ。ところが、この二人は左右に分かれ、互いに交叉する機動を始めた。以前に市たちが見せた機動をさっそく取り入れたのだ。
高度四千ぐらいになったとき、市は後方四機の後下方約百メートルの位置につけていた。もう少し詰めたいが、西方にも敵がいるので、このまま上昇していくのも危険だ。彼は右の二機を下面から撃って離脱することにした。
米軍の六機は上昇に気を取られ、後下方に忍び寄る市に気づいていない。同じ過ちを何度も繰り返しているが、それはF4Fの後方視界が悪いためでもあった。特に、上昇中に後下方を確認するのは非常に難しい。
市は右にいるペアの下方に食い込むと、ガーっと引きっぱなしで七・七を撃ち込んだ。そのまま右に反転・離脱する。
狙ったわけではないが、この弾丸は右ペアで二番機の位置(左)にいたギルバート中尉自身を貫いた。
「グェェェッ!」
彼のF4Fはがくんと水平になり、さらに錐もみで落下し始めた。
「あああ、またやられた! スネークです。スネークが俺たちの後ろにいやがった、クソお!」
ギルバートの右にいたリチャードが叫んだ。彼の機もガンガンと衝撃を感じ、弾道が機の左側を下から上に通過するのを見た。彼は反射的に右に切り返し、操縦棹を突っ込んだ。なんとしたことか、右の五百ヤードほど前方をスネークが飛んでいる。
不意打ちを受けた編隊は五機に減り、ばらばらになってしまった。
それにしてもガトーの小隊はよくよくツいていなかった。今日やられた三機は全てガトーの小隊だった。
「みんな来てくれ。スネークが北に逃げてる。現在位置はハンター岬西方五マイル付近。針路三三〇(北北西)、高度は一万二千程度」とリチャード。
「了解、全速で向かう」
スミスが応答した。彼らはピットマンがスネークを見失ってから、先回りすべく西寄りを飛行していた。
一方、こちらではリチャードの左をピットマンが追い越しながらバンクする。
「リチャード、二人でスネークをやろうぜ。グレッグ、それでいいかい?」
ピットマンが言った。彼はグレゴリー中尉より階級は低いが飛行歴はずっと長い。
「了解。俺たちは掩護にまわる」とグレッグ。
「サンキュー」
その二機は先行し、緩降下で高度は一万ぐらいである。しかしスネークとの距離は四百ヤードぐらいから一向に縮まらない。全速で海岸線を飛ぶうちに、早くもガダルカナル島の北西端(エスペランス岬)が見えてくる。時々点射するが当たらない。
(クソ、このまま逃げられるのか?)
と思ったとき、
「な、な!?」
スネークがグーンと大きな宙返りを始めた。二人は左右にそれぞれ上昇したが、その次で呼吸が合わなくなった。左のピットマンはそのまま左旋回に入り、右のリチャードは宙返りに入った。
市はおきまりのインメルマンから下降、左旋回、失速反転である。リチャードは宙返りから降りたところで完全に市を見失い、急降下で逃げれば良かったが、そのまま前に飛ぶミスを犯した。そのとき市は右後上方からリチャード機を射程に入れた。しかし市もまったく余裕がなく、操縦席まわりを撃つしかない。そして撃った。
が、リチャードはベテランの本能で操縦棹を突っ込んでいた。射弾は直前に操縦席があった辺りで空を切った。
そのときに追い付いてきたグレゴリーたち二機(残り一機はギルバートの最後を見届けにいった)が、少し遠くからガーっと乱射した。味方の危機になり振りを構っていられない。市はこれも躱し、ぐーんと降下しながらピットマンとすれ違った。米軍の四機はロルの作戦など完全に忘れ、再び格闘戦を演じていた。
スミスの小隊とミートの小隊が上空に現れたのはこのときである。スミスが指示を出した。
「よーし、どうやら俺たちの番が来たようだ。選手交代だ。グレッグ隊とリチャードたちは基地に戻って補給してくれ。もう弾もほとんどないだろう? そろそろ敵の本隊が来るからそれに備えてくれ(退避せよの意味)」
「了解!」
確かに五機の残弾はほとんどなかった。F4Fは、スミスの小隊以外はF4F-3からF4F-4に機種変換している。そのため、機銃が六門に増えたのは良いが携行弾数が大幅に減っていた(一門あたり四五〇発から二四〇発に減少)。ロルは昔の感覚で「撃ちまくれ」と言ったが、実は「そんなに撃ちまくれない」のである。
ともあれ五機は思い思いに反転し、飛行場に向かった。
一方、スミスはロルの作戦通りに一撃離脱の攻撃を開始した。
「みんな! スネークは相当に疲労しているはずだが、油断するな! ボスの作戦通りに行くぞ! 今日がこいつの命日だ!」
「了解!」
二個小隊八機は四つのペアに分かれ、各ペアは約一機分の間隔を開けた横隊となり、市の後上方から突入する。ただし、高度がすでに一万フィートを割っており、射撃後の降下・離脱にあまり余裕がない。だが、もちろんそんなことは関係なく、彼らは機銃を撃ちながら次々と市に襲い掛かった。
しかし市は根気よくその攻撃を躱した。スミス隊が降下を開始した瞬間に、いつもの大きなバレルや左急反転を打って攻撃の方向を狂わせる。さらには、こちらから誘いをかけて、各ペアの降下する方向がバラバラになるようにしむけた。
四ペアの攻撃が終わると、彼は最初のペアが上空に復帰するところに逆襲した。それはスミス大尉と二番機のモロー少尉のペアだ。ところが、この二人は左右に分かれ、互いに交叉する機動を始めた。以前に市たちが見せた機動をさっそく取り入れたのだ。
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