ブカ基地 2

文字数 1,942文字

 それが聞こえたかは不明だが列機は撃った。少し遠かったがそれが命中し、F4Fは急降下で遁走に入った。その間に市は残りの一機を撃った。こちらもすでに下降姿勢で、胴体後部に二〇ミリが命中するがこの程度では墜ちない。その機も急降下で逃げていった。
「追うな!」
 列機は上昇に入る。電話が聞こえているはずもないが、良い判断である。市は急降下でその機の左に並び、バンク。それは梁田一飛兵だった。すると一対一で敵機を追って行ったのは杉本三飛曹だが、はるか東方の低空にそれらしい点が見える。つまり杉本はまんまとガダルカナル島の方向におびき寄せられているのだ。
 二人で少しその方向に飛んだが、市は上昇して陸攻隊に合流するよう梁田に指示した。一人にするのは心配だが、この男なら大丈夫という気がした。

 市が駆け付けてみると、杉本は六対一で袋叩きにされている。
(杉本‥‥‥)
 さっき退避した奴らに別の機も加わっているのだろう。二機が西側の逃げ道をふさぎ、四機が代わる代わる杉本を攻撃している。辛うじて躱しているが、敵は相変わらずの連携プレイで絶体絶命のピンチである。
 だが、市がこれ見よがしに接近していくと、手前の二機がぱっと反転して市に向かってきた。高度は市が絶対有利である。
(今のうちにこっちに来い、杉本!)
 しかし敵もさるもの、西側に射弾を送って行かれないようにする。市は千メートル以上の遠距離からその鼻づらに七・七を放つ。しかし、下に構い過ぎると向かってきた二機に上に回られる。その二機を七・七で牽制しながら杉本の後方をクリアしようとする。だがそう簡単にはいかない。なんとしても杉本の位置取りが悪いのだ。
 と、ガダルカナル島の方向から二つの機影が現れた。高度は先方が有利である。
「う~ん、ここで新手は嫌だな‥‥‥」
 市は仕方なくそちらに機首を向け、増速して接敵する態勢を取った。もし敵ならばとんでもないピンチである。だが、その二機は市には目もくれず矢のように降下していった。主翼上面に鮮やかな日の丸が見えた。味方機である。
 二機の加勢によってここの局地的空戦は味方有利に変り、市も余勢をかってさらに三機に命中弾を与えた。敵機はすごすごと離脱していった。
 時間的に、もう陸攻隊は退避に入っているはずだ。
「ふうむ‥‥‥あまりよい空戦ではなかったな‥‥‥」
 列機の行動如何によってはこういうことになる。あとは直掩隊が上手くやってくれたことを期待するしかない。
 これでもし陸攻隊がやられていたら、市は列機を見殺しにしない代わりに陸攻隊を見殺しにしたことになる。この手の矛盾は航空戦では常に起こることで、「あのとき、どうすべきだったか」といつも悩まされるのである‥‥‥

 それはさておき、市たち四機も編隊を組み、高度を取り直して索敵した。だが敵も味方も発見できず、帰途につく。北西に針路を取るが、杉本は片翼の燃料タンクに被弾しており、ブカまでは帰れなかった。市の指示で彼は前進基地に降りる。残る三機は編隊を組み直し、ブカ基地に帰投した。梁田は一足先に帰投していた。
 救援に来たのは本隊の岩木一飛曹と長野二飛曹のコンビだった。彼らはブカで燃料補給し、ラバウルに戻ることになった。
「いやあ、危ないところをありがとう。助かったよ。それに列機が迷惑を掛けて申し訳なかった」
「いえいえ、それはお互いさまですからお気になさらずに‥‥‥ところで分隊士、二号零戦はいかがですか」
 本隊の彼らの乗機は一号零戦である。
「うん、俺は気に入ってるよ。格闘好きの搭乗員には少し向かない気もするが」
「へえ、分隊士の空戦を見るとそうでもなさそうでしたが」
「うむ。ただやはり縦の空戦に向いているね。横転系もいけるけど」
「そうですか。私も縦の空戦の方が好きなので、二号の方が向いているのかな。でも航続力がないのが玉に瑕ですね」
「うん。残念ながらね‥‥‥前進基地が早く作戦に入ればよいが」
「そうですね‥‥‥」
 こんな雑談をするうちに補給・整備が完了した。
「お世話になりました。それでは私たちはこれで」
「うん、じゃあ気を付けて」
 二人は敬礼するとラバウルに向けて飛び立った。
 その後、杉本が帰投したのは夕方である。タンクの修理は未了で、他にも被弾箇所が相当あった。その晩は徹夜で修理せねばならなかった。

 夜、市は二人を呼んで椅子に坐らせた。うなだれる杉本の肩と頭に手を置く。この男はなぜ呼ばれたのかよく分かっているはずだ。
「杉本、君はなんであんなに深追いしたんだ。岩木たちが来なかったら多分やられていたぞ。深追いは絶対にするなといつも言われていただろ」
 ガダルカナルの敵は手ごわい。
「はい、申し訳ありません」
「やけに執拗だったが、いつもああなのか?」
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