九月の総攻撃 2
文字数 2,128文字
この総攻撃で勝男が所属する右翼隊はいくつかの火点を制圧したが、そこまでだった。夜がしらしらと明けてくると、前方にさらなる鉄条網陣地が見えてきた。しかし、これからは敵の手番である。明るくなれば敵の集中砲火が待っている。もちろん飛行場に突入はしていない。つまり右翼隊の総攻撃は頓挫したのだ。しかも、あろうことか大隊長までが戦死していた。
代理の指揮官はジャングル線(攻撃発起点)までの後退を命じた。
彼らは知らなかったが、中央隊左翼ではムカデ高地と呼ばれる地点で敵の陣地線を突破した。このとき基地内部に侵入した一部の兵が、米軍司令部の幕舎付近にまで到達したとされる。予備兵力はなかったが、もしも各大隊間の連絡が密に保たれ、連携した攻撃を実施できていれば、飛行場を奪取できた可能性もある。だが暗闇の中で大隊間の連絡はほとんどなく、支隊長も各隊との連絡を完全に失っていた。
かくて日本軍はガダルカナル島奪還の最大のチャンスを掴みそこねた。昭和十七年九月中旬の出来事である。これ以降、このような好機は二度と来なかった。
それはともかく、夜が明けてからジャングルの勝男たちは約二百メートルの空白地帯(草原)を挟んで米軍と対峙した。敵はその空白地帯をさんざんに砲弾で叩き、次第にジャングルに射程を伸ばしている。
その砲弾がときどき落下する中、すぐ傍に速射砲が一門前進してきた。
手際よくジャングルの端に射界を開け、念入りに擬装する。引率するのは例の軍曹だ。勝男はニヤリと挨拶した。作業を終えて煙草を咥えたので、勝男はマッチで火を点けてやった。軍曹はそれをうまそうに吸う。
「やれやれ、こんなところまで出張ってきたのか。えらいご苦労だったな」と勝男。
「おうよ。まったく‥‥‥ひでえ疲れだぜ。ところで戦闘はどうだったんよ? 俺たちが荷物引っ張ってる間の」
ふーっと煙を吐きながら軍曹が聞き返す。
「いやあ、こっちもどえらい難儀だったぜ。なにせ鉄条網に引っかかったところを十字砲火だからな。戦死者の山ができたよ、山が‥‥‥」
これじゃあ中川のときとまったく同じだとは言わなかった。
「なるほど、そいつは確かに難儀だな。しかし大分と派手にやったみてえじゃねえか」
軍曹の視線の先には、ずたずたに破壊された鉄条網や警戒陣地の残骸があった。と、ゴーっと聞き慣れない機械音が遠くで起こり、だんだん大きくなってくる。
それを聞いた軍曹の顔が引き締まった。彼は煙草を投げ捨て、砲のそばに駆けて行く。
「おーい、班長さん、敵の歩兵が来たらたのむぜ」
やけにのんびりした声だ。
「おーう、任せとけ」
勝男も怒鳴った。歩兵はすでに壕に入って臨戦態勢だ。
だが来たのは敵のM3軽戦車だった。勝男の部隊が中川河口の海岸で散々にやられた相手だ。それが陣地内部を裏手まで回ってきたようだ。しかしまたなんという偶然だろうか。速射砲が展開したとたんに敵の戦車が現れたのだ。何やら天の采配のような気がした。
(頼むぜ、軍曹さん‥‥‥)
勝男たちは壕に身を潜め、固唾を飲んで成り行きを見守った。もちろん彼の軽機などM3には歯が立たない。万一ここまで前進して来られたら処置なしである。そのM3は砲塔を回し、あたりの残骸をババババっと機関銃で撃ちまくっている。ついでにという感じで戦車砲が火を噴く。
ズン! ブワーン!
榴弾がかなり離れたところで炸裂した。向こうはこちらの速射砲に気づいていない。
だが、その直後。
「撃てえ!」
軍曹の号令が響いた。距離約二百メートルのまさに零距離射撃。
グワン、ヒュン、ズトーン!
弾道を目で追うと、敵戦車の砲塔の下部で爆発が起こった。初弾から命中である。
砲塔はめくれ上がり、たまらずに擱座。
「おお!」っと感嘆の囁き。
と、一両目の陰から次のM3がゴーっと現れる。何かに引っかかったのか、斜めのまま止まって砲塔だけが回り出す。
だが‥‥‥
「撃てええ!」
グワン、ヒュン、ズトーン!
また命中である。二両目の右側面で爆発が起こり、これも擱座。と、そのさらに右手に三両目がゴーっと現れる。そいつが速射砲を狙って三七ミリ砲を放つ。が、遠弾で頭上をヒューンと飛び抜けた。次は当たる。勝男たちは生唾を飲みこむ。
だが、こちらもその間に照準を定めていた。
「撃てえええ!」
グワン、ヒュン、ズトーン!
これも命中した。砲塔の下部で爆発が起こり、擱座。天蓋から乗員が脱出していく。バーン、バーンとこちらの歩兵が撃つが当たらない。
次も来るかと待ち構えていたが、結局その三両に後続はなかった。
距離二百なので然るべき結果ではあるが、軍曹たちは連続して三両のM3を擱座させた。壕で見守っていた歩兵たちは、すっかり感激した。これが砲という兵器の有難みであった。
(俺たちはいつも撃たれる方だが、たまにはこういうこともあるのだ)
海岸で蹂躙された勝男も、大いに溜飲が下がったことは言うまでもない。
ちなみに軍曹はすぐさま砲を移動させたが、この後に迫撃砲による猛烈な報復射撃を受け、とうとう破壊されてしまった。歩兵たちも巻き添えで散々に撃ち据えられたが、どの顔も満足げな表情だった。
(いいもん見せてもらったぜ‥‥‥)
代理の指揮官はジャングル線(攻撃発起点)までの後退を命じた。
彼らは知らなかったが、中央隊左翼ではムカデ高地と呼ばれる地点で敵の陣地線を突破した。このとき基地内部に侵入した一部の兵が、米軍司令部の幕舎付近にまで到達したとされる。予備兵力はなかったが、もしも各大隊間の連絡が密に保たれ、連携した攻撃を実施できていれば、飛行場を奪取できた可能性もある。だが暗闇の中で大隊間の連絡はほとんどなく、支隊長も各隊との連絡を完全に失っていた。
かくて日本軍はガダルカナル島奪還の最大のチャンスを掴みそこねた。昭和十七年九月中旬の出来事である。これ以降、このような好機は二度と来なかった。
それはともかく、夜が明けてからジャングルの勝男たちは約二百メートルの空白地帯(草原)を挟んで米軍と対峙した。敵はその空白地帯をさんざんに砲弾で叩き、次第にジャングルに射程を伸ばしている。
その砲弾がときどき落下する中、すぐ傍に速射砲が一門前進してきた。
手際よくジャングルの端に射界を開け、念入りに擬装する。引率するのは例の軍曹だ。勝男はニヤリと挨拶した。作業を終えて煙草を咥えたので、勝男はマッチで火を点けてやった。軍曹はそれをうまそうに吸う。
「やれやれ、こんなところまで出張ってきたのか。えらいご苦労だったな」と勝男。
「おうよ。まったく‥‥‥ひでえ疲れだぜ。ところで戦闘はどうだったんよ? 俺たちが荷物引っ張ってる間の」
ふーっと煙を吐きながら軍曹が聞き返す。
「いやあ、こっちもどえらい難儀だったぜ。なにせ鉄条網に引っかかったところを十字砲火だからな。戦死者の山ができたよ、山が‥‥‥」
これじゃあ中川のときとまったく同じだとは言わなかった。
「なるほど、そいつは確かに難儀だな。しかし大分と派手にやったみてえじゃねえか」
軍曹の視線の先には、ずたずたに破壊された鉄条網や警戒陣地の残骸があった。と、ゴーっと聞き慣れない機械音が遠くで起こり、だんだん大きくなってくる。
それを聞いた軍曹の顔が引き締まった。彼は煙草を投げ捨て、砲のそばに駆けて行く。
「おーい、班長さん、敵の歩兵が来たらたのむぜ」
やけにのんびりした声だ。
「おーう、任せとけ」
勝男も怒鳴った。歩兵はすでに壕に入って臨戦態勢だ。
だが来たのは敵のM3軽戦車だった。勝男の部隊が中川河口の海岸で散々にやられた相手だ。それが陣地内部を裏手まで回ってきたようだ。しかしまたなんという偶然だろうか。速射砲が展開したとたんに敵の戦車が現れたのだ。何やら天の采配のような気がした。
(頼むぜ、軍曹さん‥‥‥)
勝男たちは壕に身を潜め、固唾を飲んで成り行きを見守った。もちろん彼の軽機などM3には歯が立たない。万一ここまで前進して来られたら処置なしである。そのM3は砲塔を回し、あたりの残骸をババババっと機関銃で撃ちまくっている。ついでにという感じで戦車砲が火を噴く。
ズン! ブワーン!
榴弾がかなり離れたところで炸裂した。向こうはこちらの速射砲に気づいていない。
だが、その直後。
「撃てえ!」
軍曹の号令が響いた。距離約二百メートルのまさに零距離射撃。
グワン、ヒュン、ズトーン!
弾道を目で追うと、敵戦車の砲塔の下部で爆発が起こった。初弾から命中である。
砲塔はめくれ上がり、たまらずに擱座。
「おお!」っと感嘆の囁き。
と、一両目の陰から次のM3がゴーっと現れる。何かに引っかかったのか、斜めのまま止まって砲塔だけが回り出す。
だが‥‥‥
「撃てええ!」
グワン、ヒュン、ズトーン!
また命中である。二両目の右側面で爆発が起こり、これも擱座。と、そのさらに右手に三両目がゴーっと現れる。そいつが速射砲を狙って三七ミリ砲を放つ。が、遠弾で頭上をヒューンと飛び抜けた。次は当たる。勝男たちは生唾を飲みこむ。
だが、こちらもその間に照準を定めていた。
「撃てえええ!」
グワン、ヒュン、ズトーン!
これも命中した。砲塔の下部で爆発が起こり、擱座。天蓋から乗員が脱出していく。バーン、バーンとこちらの歩兵が撃つが当たらない。
次も来るかと待ち構えていたが、結局その三両に後続はなかった。
距離二百なので然るべき結果ではあるが、軍曹たちは連続して三両のM3を擱座させた。壕で見守っていた歩兵たちは、すっかり感激した。これが砲という兵器の有難みであった。
(俺たちはいつも撃たれる方だが、たまにはこういうこともあるのだ)
海岸で蹂躙された勝男も、大いに溜飲が下がったことは言うまでもない。
ちなみに軍曹はすぐさま砲を移動させたが、この後に迫撃砲による猛烈な報復射撃を受け、とうとう破壊されてしまった。歩兵たちも巻き添えで散々に撃ち据えられたが、どの顔も満足げな表情だった。
(いいもん見せてもらったぜ‥‥‥)