戦場の再会 3

文字数 2,122文字

 市は権藤が落下傘降下するまでの空戦の経緯や、その後に自分が不時着水してベララベラ島に泳ぎ着いた経緯を語った。
「へえ‥‥‥」
 一同は驚くやら感心するやらですっかり聞き入ってしまった。
「それで、権藤さんは今どうなさっているのですか?」
「ああ、彼は足を骨折してラバウルで入院していましたが、今頃は船で内地に向かっているかもしれません」
「なるほど、それは良かったですね」
「はい。ところでみなさんはブカ基地にはいつから」
「お二人が未帰還になった翌々日でした。向こう(前進基地)はしばらく使えないということで、ごく一部の者を残し即座に撤収が掛かりました。半分以上はラバウルに戻りましたが、あちらは徳永に任せておけますからね。私はより困難な最前線での整備を希望しました」
「さようでしたか、それはありがたいことです。またよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 市は改めて頭を下げた。整備で富田に適うのは市ぐらいであり、逆もまた然りであった。

 一方、こちらはガダルカナル島の海兵隊航空隊基地である。
「スネークを二機とも撃墜した!」
 ロルたちは一時沸きに沸いた。その後、クノの部隊が悲しみに沈んでいることも確認された。しかし今頃になって気になる情報が入ってきた。
「ベララベラ島に『ヤマモト』という将校パイロットが流れ着き、ギゾ島基地に向かったらしいとのことです」
 情報将校が報告し、ロルが尋ねた。
「それはどういうことだ?」
「...同島の伝道女が『ヤマモト』と名乗る日本軍パイロットを保護したのですが、沿岸監視員に連絡する前に逃げられたとのことです」
「なんと、そんなことがあったのか‥‥‥」
 宝物を拾い損ねた気分だが、今さらどうしようもない。
 ロルはさらに尋ねた。
「ブーゲンビル島では、スネークの名前は分からないのか?」
「分からないそうです。『ゴン』という未確認情報もありますが、正確ではないようです」
「ふうむ、しかし時間と場所から言って、『ヤマモト』はリチャードたちが追ったスネークと考えられるな」
「はい。とするならタイボでパラシュート降下したのが『ゴン』かもしれません」
「その後、クノの部隊は撤収したのだよな」
「はい。ただし、それは飛行場造成のために、一時的に機体を引き上げただけと思われます」
「『ゴン』は死んだのか?」
「それも分からないようです」
「クソ、最悪の場合、二人とも生きているということか」
「可能性としてはあり得ます」
 ロルは焦燥感に苛まれた。
(あれだけの包囲網を仕掛けながら食い破られたのか?)
 一方で、敵の本隊に対して圧倒的優勢に空戦を進めているのが救いだった。
「だが、その後スネークらしき敵機は現れておらんぞ」
「はい。奴らが生きているかは別として、叩き落したことは事実です。『ヤマモト』はともかく、『ゴン』は負傷したか、あるいは死亡したのではないでしょうか」
「うむ」
 これが妥当な結論だった。

 同じ頃、勝男たちは海岸陣地を撤収し、本隊とともに行軍していた。彼らは一種の敗残兵だが、上陸してきた第二梯団と合流し、新たな大隊を編成したのだ。
 前回は勝男たち先遣部隊(第一梯団)が敵基地の東翼から突撃して全滅したが、今度は旅団規模の兵力で敵の背後に回り夜襲を掛けるという。規模を拡大して帝国陸軍の得意な迂回戦術で戦うのである。しかし‥‥‥。敵の背後は手薄になっているとの希望的観測だが、彼は疑問に感じていた。
(あの鉄条網陣地は裏側にも当然あるだろう。同じ手で行っても全員が死体になるだけではないのか‥‥‥)
 彼は突撃したときの凄まじい量の火箭を思い出し、身震いがした。
(ああいう陣地は火砲でめちゃくちゃに叩かなけりゃダメなんだがな‥‥‥あるいは、市ちゃんみたいな連中が爆弾の雨を降らせてくれるか)

 夕闇の中で小休止していると速射砲が一門追及してきた。
「よーし、俺たちもここで少し休むぞ」
 指揮官の軍曹が一声かけ、勝男に目で挨拶した。
(‥‥‥そういや揚陸のときに手伝ったな)
 彼は思い出した。聞けばこの砲も歩兵部隊に続いてジャングルに入るという。もちろん搬送は人力だ。
「...おいおい、本当かい。それはまたえらい難儀だな」
 勝男が驚くと速射砲中隊の軍曹が言った。彼は煙草を咥えている。
「ああ。だがな、敵の奴らもそんなところに俺たちが砲を持ち込むとは夢にも思わんだろ。そこがつけ目だ」
「それは、そうかもしれんな」
「歩兵の戦闘はおたくらに任せるがな、もし戦車が出てきたらぶちのめしてやるから心配するな」
 それは頼もしいと思ったが、見たところ砲弾は兵隊が担いでいる分だけだ‥‥‥。
 そうこうするうちに、勝男たちに「出発」が掛かった。
「おう、また会おうぜ。‥‥‥じゃあ、いざってときはどかんと頼むぜ」
「おお、班長さんも死ぬなよ」
 軍曹は苦み走った笑いを浮かべ、手を挙げた。

 それまでは海岸沿いを進んできたが、ちょうどその付近がジャングルに入る地点だった。ここから迂回路に入るのである。彼らは知らなかったが、同じ頃に出発点のタイボ岬付近に米軍が逆上陸し、火砲や集積してあった食糧や弾薬が焼失させられていた。
 その砲声が遠雷のようにドコーン、ドコーンと聞こえている。
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