『翔鶴』応援 4(南太平洋海戦)

文字数 2,024文字

 決戦の日。
 例によって市は防空隊(上空警戒)に回された。列機は三飛曹と飛長で、彼から見ればまだ(じゃく)の部類である。
 前にも述べたように、母艦の飛行機隊は海戦や陸上派遣のたびに大損害を蒙り、搭乗員がどんどん若返っていた。この二人の配属もそれ故だが、どちらも溌剌としていた。攻撃隊からは外されたが、市の列機として飛べることが嬉しいのである。
 市は、いつもの注意を二人に与えた。
「とにかく俺に付いてくるのだ。絶対に離れたらダメだ。俺が撃ったら適当に狙って撃て。繰り返すが、敵機に目を奪われて離れたらダメだぞ」
「はい」
「それから、やられても自爆するな」
 二人は「えっ?」と顔を見合わせた。
「ここは味方上空だからな。何度でも落下傘降下して、生き延びるのだ。そしてまた俺の列機として飛んでくれ」
「は、ハイ!」
 二人は気負いこんで返事した。
「よいか。一人十機墜とすまでは絶対に死ぬなよ。十機墜としたら次は二十機だ。絶対だぞ」
「はい」

 とりあえず「死ぬな」は上手く伝えられたが、二人が付いてこられるかはすこぶる疑問だった。なにしろ一緒に飛行訓練すらしていないのだから。おまけに彼らは敵機との交戦経験はない。初陣なのである。もっとも、母艦飛行機隊に所属するぐらいなので技術は高いのだろうが‥‥‥。
 それはともかく、市がいつも思うに三機での編隊空戦は非常に難しい。たとえば左に急激な機動を取れば、右後方の三番機は真っ先に振り離されてしまう。そのときに三番機が近道して二番機と位置を入れ替わる芸当もあるが、衝突するぐらいがオチであろう。権藤ぐらいの腕がなければ戦闘中は無理だ。
 一方で、列機をおもんばかって手ぬるい機動をすれば三機ともやられるかもしれない。その匙加減は非常に難しい。だがともかくこの三機で戦わないといけないわけだ。
 市は機会があれば二機二機の四機を一単位(小隊)とするよう幹部に進言したが、まったく受け入れられなかった。

 ところで、この海戦では待望の新兵器があった。電探(レーダー)が『翔鶴』に装備されたのだ。もっとも、日本軍は米軍のような掃引型のレーダースコープを開発できず、たとえば敵編隊が複数ある場合などは区別が難しかった。だが、それでも無いよりははるかにマシだった。
 惜しむらくは、電探情報に基づき防空隊を管制する通信システムがなかったことだ。つまり市たち戦闘機隊にとっては、電探のご利益は敵のおよその方角が分かるにとどまった。
 それでも大いに助かるのだが、海戦当日の上空は雲が多かった。防空隊には不利な天候である。敵機の隠れ場所がなければ思い切り前進して敵編隊を迎え撃てる。だが、雲が多いとそれができない。前方で網を張って、すり抜けられたら目もあてられないからだ。逆に、母艦の近くにいればすり抜けはなくても敵機を叩き落す時間が限られ、攻撃を防ぐのがより難しくなる。

 決戦の朝、市の小隊は第一直に上がった。母艦から三〇浬ほど離れ、東から南東の空域を大回りに捜索した。高度は五千である。
 と、千メートルほど下方に機影を二つ認めた。
(む、味方機か?)
 市はバンクし、螺旋降下で対象機の右側上方につけると、それはSBD艦爆のペアだった。
「俺は二番機(奥)、お前たちは一番機(手前)」
 手信号で知らせ、いざ突進しようとすると、敵機が爆弾を棄てて遁走し始めた。市は攻撃を中止し、バンク。
 高度を取り直し捜索を続けると、別な位置にまたSBDのペアがいた。
「こちら防空隊、濠少尉。敵機は二機ずつ母艦に向かい攻撃を行う模様。位置は艦隊の東ないし南東」
 無線電話で報告するが応答はない。
 さっそく敵ペアの右側上方につけ、手信号でさっきと同じ指示を出す。合図とともに降下し、市は奥の機に横方向からダダっと二〇ミリを撃ちこんだ。機首のカウリング部がずたぼろになり、黒煙を吐いて下降していく。上に引き上げ、列機はと見ると、命中させたようだ。その一番機も爆弾を棄て、退避していく。市はバンクし列機を呼び寄せる。
「要するに攻撃させなければいいんだ」
 手信号で伝えようとするが、難しい。列機は事前の注意を守ってよく付いてきている。もっとも、今のところまだ「楽な空戦」だからかもしれない。
 その後も、三機は目を皿のようにして見張るが敵機はいない。

 ところが。
 十浬ほど北西で母艦が炎上し始めた。
(なんだと? ‥‥‥いったい、どこからすり抜けられたのか)
 それは分からないが、戻ってみると被爆したのは『瑞鳳』である。
「申し訳ない‥‥‥」
 どうやら別の敵ペアが攻撃したようだが見当たらない。
 おそらく、このときの電探情報はなかった。二機では検出できなかったのか、それとも直掩機に紛れて特定できなかったのか、どちらかだろう。
(やはり肉眼に頼る防空では限界がある。特に雲があるとお手上げなんだよ‥‥‥)
 だが、母艦が被弾するのは防空隊の責任である。
 この宿題が未解決のまま市は飛び続けた。
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