市、復帰す 2

文字数 2,042文字

 この頃には味方機も駆け付け、攻撃を始めている。すでに飛行場は後方で、残念ながら何か所かで火煙があがっていた。列機を呼び寄せると、やはり二〇ミリはないという。敵は四機でシレっと飛んでいる。味方の攻撃は統制が取れておらず、あまり有効でないようだ。
 だが市は空戦を打ち切ることにし、離脱した。七・七では操縦席を撃つぐらいしか有効な手立てはないが、それはそれで非常に難しい。あとは雲霞(うんか)のようにたかっている味方機に任せることにする。
 ちなみに敵の一番機は誰かが操縦を代って離脱したようだ。従って戦果は一機撃墜、一機撃破である。
 この攻撃では市は主翼に三発被弾した。二回目のときに手の内を読まれ、弾幕を張って待ち構える巧者がいたのだ。おそらく第二小隊のどれかの射手である。降下中ラダーを使っていたが通用しなかった。
 列機どころか自分がやられるところだったのだ。
(やはり四発機は一機や二機ならともかく、五機、六機では非常に手ごわいな)
 次は直上方背面降下攻撃も駄目かもしれない。
 列機に確かめると被弾していないという。それは攻撃の拙劣さゆえなのだろう。
(危なかった‥‥‥涼ちゃん、ありがとう)
 いつものように市は幸運に感謝した。

 着陸すると、列機の二人が引きつった表情で駆け寄ってきた。
「分隊士、射撃を外してしまい申し訳ありませんでした」
「いや、あれで良い。お前たち、あんな攻撃は初めてで、付いてくるだけで精一杯だったろう? 最初から欲張るな」
「はあ‥‥‥?」
「空戦はとにかくやられないことが第一だ。特にB-17は下手な攻撃をすればこちらが蜂の巣だからな。絶対に追いすがった攻撃はしないこと。それをよーく頭に入れておけ。よいか、お前たちは十機墜とすまで絶対にやられるな。十機墜としたら次は二十機だ。それぐらいやれば敵の物量に勝てる。分かるな?」
 いつもの説教をすると、二人は顔を紅潮させてうなずいた。
「はい!」
「だが、次にやるときはもう少し上手くやれよ」
「はい」
 しかし、そのためには十分な訓練が必要だが、それができないことも分かっていた。それどころか搭乗員の被害に補充が追い付いていない。なんとか数を合わせても、技倆の低下は覆うべくもなかった。

 市は知らなかったが、十一月の船団輸送が失敗に終わると、大本営陸軍部は陸軍航空隊の南東方面進出を正式に決定した。海軍にさんざんせっつかれ、重い腰をあげたのである。その先陣を切って陸軍の一式戦闘機六〇機がラバウルに派遣されるのは、十二月後半であった。果たしてそれは起死回生の一手になるのだろうか?

 この対B-17戦の後、彼はニューギニア方面の攻撃に参加した。
「濠少尉、ブナ地区攻撃の直掩に行ってくれ」
「かしこまりました」
 という塩梅だ。
 実はこの方面も補給難に陥っており、要衝のブナ地区が危機に瀕していた。このときは陸戦協力で陸攻は敵の上陸地点を爆撃した。
 一方、市はこの日初めてP-38を撃墜した。
 これは双発双胴・大型(全幅約一六メートル)の変わった形の戦闘機で、格闘戦になると弱いことから当初ペロ八などと呼ばれていた。しかし機首に集中装備される武装(一二・七ミリ四門、二〇ミリ一門)は強烈で、ペロっと舐められるとまず間違いなくお陀仏になる代物だった。

 空戦のとき、市の小隊三機はいつも通り直掩隊のさらに一千メートル上空で、やや前方に突出していた。
 彼ははるか前方に編隊を見た。上下二層に分かれており、高度は先方がやや有利。市たちは少し右下方に突っ込んで機速をつけ、すれ違いざま急上昇して敵の腹に撃ち上げた。敵は上下四機ずつのP-38で、ドドドドと乱射しながら降下していく。
 市たちは左上昇反転で追尾の形に入るが、敵ははるか前方である。
(しまった、そのまま陸攻隊の方に行ってしまうか!)
 と思いきや、敵は大回りでこちらの方向に回ろうとする。下の敵は左、上の敵は右に分かれる。市たちは再び左上昇反転で内側から追いすがるとやや遠くから七・七を放った。これがガバァっと回る背中を捉え、一機が離脱。そのときに右に回った敵機が乱射しながらすれ違う。直前に操縦棹を突っ込んで回避。機速を付けてから引き上げ上昇反転、なおもしつこく回り込んでくる背中にダダダダっと二〇ミリを撃ちこんだ。その機はあえなく空中分解。その後も乱戦が続いたが、結局市たちは四機を撃墜破した。

 P-38は中低速域で空戦フラップを用いると意外に小回りが利くが、初期型は横転系の機動が弱かった。そのため危なくなればS字や八の字旋回、あるいはスプリットSで離脱するのが有効である。ただし、前述のように強力な武装が要注意だった。
 だが、初期のP-38は今回のように日本機をなめて格闘戦を挑んできたが、次第に高空性能と高速を利した一撃離脱に徹するようになり、手に負えなくなっていく。しかも長大な航続力と千ポンド爆弾二発(合計〇・九トン)の搭載力を誇り、日本軍はこの機体に苦杯をなめさせられるのである。
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