戦場の再会 2

文字数 2,096文字

 ちなみに二人は知らなかったが、九ノ泉は市たちが撃墜された翌日にラバウルに呼び戻された。そこに何と連合艦隊司令部から呼び出しがあった。彼は最前線での“多大な貢献”を高く評価され、陸軍の総攻撃(ガダルカナル島飛行場に対する)に先立って参謀らが直接に状況を聴取したいとの名目だった。
 彼はいそいそと陸攻の連絡便に便乗し、トラック島に出かけた。
 残念ながら場所は大和ホテル(戦艦『大和』のこと)ではなかったが、彼は参謀や上級幹部を前に“前進基地派遣隊の激闘”についてぶち上げた。真新しい額の縫い目が前線の古強者のような雰囲気を醸し出した。
 彼は、さらに余勢をかって不満を滔々と述べた。
「戦闘機が足りない」
「物資が足りない」
「前進基地の設備が悪い」
「基地設営能力が低すぎる」云々。
 聞き終わると参謀の一人が言った。
「そのような困難を乗り越えて戦闘するのが君の役目ではないか。だがな、あの島に上がった陸軍部隊が突入すればすべて片付くはずだ。心配せずに待っておればよい」
 参謀側としては、九ノ泉ら現場の不満を解消できる見込みはほとんどなかった。
 日本軍には飛行機も搭乗員も燃料も輸送力も基地設営能力も、全てが足りなかった。国力が劣っているといえばそれまでだが、無い袖は振れないのである。
 彼らも、分遣隊派遣の試みがさらなる消耗を招いただけと分かっている。あとはせいぜい「陸軍さえ上手くやってくれれば、状況は改善する

」といったところだ。他力本願だが、それが絵に描いた餅だとは考えていなかった。
 一方、九ノ泉は自己の存在を上級幹部に知らしめたことで大いに満足した。この聴聞は一種の慰労も兼ねていたが彼は気づかなかった。
(俺の中央凱旋も夢物語ではなくなったな)
 司令部を出ると思わずニンマリした。

 だが。
 この後彼は前進基地に戻ったが、そこはすでに翼のない部隊で、基地施設の本格整備を補佐する任務を課せられた。滑走路も作り直すため、機体や搭乗員は送られないことになった。
 実のところ、本隊の幹部は事故よりも市と権藤の未帰還に非常な衝撃を受けていた。搭乗員全滅に至る経緯もある程度判明した。それらも加味し、上級司令部は分遣隊について「少数機の派遣は時期尚早だった」と結論を出した。つまりはいったん引いて基地の完成を待ち、しかるべき新たな部隊が派遣されることになったのである。
 ちなみに事故の件で九ノ泉が責任を問われることもなかった。とりあえず、副長と飛行長の強い意向によって、軍法会議上申の件は正式に撤回させられたのだが‥‥‥
 市がラバウルに戻ったのはその後である。

 さて、市が帰還した二日後の朝。
「濠少尉、ご苦労だが二号零戦でブカ基地に進出してくれ」
「かしこまりました」
 改良型として供給された二号零戦は航続距離が短く、ブカとガダルカナルを往復するのが精いっぱいだった。しかし彼は気に入っていた。まずは過給機が二速になって高空性能が改善したことが利点で、横転性能や降下速度も向上していた。要するに、零戦ではあるが、市が志向する一撃離脱に向いた機体だったのだ。
 それからもう一つ、二号零戦では二〇ミリの携行弾数が一門百発になったことも非常に大きかった。一号零戦の六〇発ではせいぜい三機撃墜が限度だが、百発なら四機、うまくいけば五機の撃墜が可能だからだ‥‥‥
「杉本(三飛曹)と梁田(一飛兵)を連れて行け」
 二人とも変わり者で通っていた。
「了解しました。進出はいつでしょうか?」
「今日だ」
 この日はガダルもモレスビーも攻撃はなかった。
「はい。では直ちに準備に入ります」
「よろしく頼む。なお、二号零戦が供給され次第、さらに搭乗員を送る」
「承知しました」

 その後、一時間ほどの飛行で三名はブカ基地に着陸した。引き込み線まで機体を運び、発動機を止める。
「あの‥‥‥、分隊士ですか?」
 市が降りようとしたとき、翼に上がってきた整備員がひと声掛けたまま固まった。その声はと見ると富田である。驚愕の表情をしている。
「ああ、富田さんでしたか。濠です。少しご無沙汰しました。またお世話になります」
 市はニッコリと笑顔になって言った。富田には好意を持っている。
「分隊士、生きておられたのですか‥‥‥」
 驚きから醒めると富田の目が潤んでくる。彼は大声で叫んだ。
「おーい、みんな! 濠少尉が生きておられたぞ!」
「えええ!」「なんですって!?」
 バラバラと何名かの整備員が駆け寄ってきた。みんな前進基地にいた仲間である。
「ほんとだ!」「分隊士、よくぞご無事で」
 彼らは口々に言い、地上に降りた市の手を取ったり背中をさすったりした。
「あはは、みなさんにご心配を掛けてしまったようですね。今日はゆっくり話しましょう」
 
 夕食後は酒盛りである。市はまたも部下とともに手ぶらでご馳走になってしまった。
「驚きました。実は権藤さんは助かったらしいと聞いていたのですが、分隊士のことはまったく‥‥‥良かった‥‥‥夢のようです」
 富田が感慨深げに言う。
「ありがとうございます。おかげさまでぴんぴんしております」
「あの日はいったい何があったのですか?」
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