再び最前線 1

文字数 2,290文字

 翌日朝、市たちはムンダ基地に向かった。ラバウルからの距離はちょうど四百浬。中間よりもずっとガダルカナル寄りにある。
 市の小隊は着陸掩護を命じられ、着陸は最後である。
 この日の天候は大きな雲がそこここに発達し、攻撃側有利だった。
(これは必ず敵襲があるな‥‥‥)
 市は警戒した。スパイも各島で暗躍しているはずだ。航空隊進出の情報は筒抜けだろう‥‥‥。
 彼らは南東側の一八〇度を重点的に見張った。
 周知のように、戦闘機が一番無防備なのは離陸直後と着陸時だ。機速がないため回避機動が取れない。また空襲下は別として、着陸時は他機との衝突には気を配るが、敵襲はあまり意識しない。従って、襲う側から見れば恰好の獲物なのだ。それを防ぐために対空砲火があるが、この基地では、まだあまり整備されていなかった。

 ところで、着陸掩護の位置取りは難しい。
 高度を上げて優位を取りたいが、それでは援護ができなくなる。もちろん高度を下げれば真っ先に上から被られる。なので掩護機を何層かに配置し、新たな上空警戒機と交代しつつ順次着陸するのだが、通信指揮の問題、燃料や滑走路の状況、機体整備の状況などのために、必ずしも上手くいくわけではなかった。
 この日は編隊が着陸態勢に入り、先頭がちょうど着陸した頃合いにB-17の編隊が現れた。もちろん着陸中の友軍機は気づいていない。市の小隊は最も高い位置にいたためこれに向かった。高度的に爆撃阻止は間に合いそうもなかったが、そのB-17は陽動も兼ねていた。

「おっと!」
 市が低空に目を転じると、敵小型機の編隊が雲間から現れた。すでに一部は急降下に入っている。残念ながら無線電話は役立たず、味方に知らせる手段はない。
 市はバンクし、高度を捨てて螺旋降下で下方の敵機に向かった。
 だが、この敵の襲撃はわずかにタイミングが早過ぎ、着陸を取りやめた多数の味方機と乱戦が始まった。その間にもB-17の爆弾がブワっブワっとジャングルで炸裂する。それが滑走路の端にかかり始めた。
 市は新たな敵編隊が現れないことを見極めると、高度二千メートル付近で下方を窺っている敵機のペアに襲い掛かった。斜めに迫って距離約百から二〇ミリを撃ち込み、上に引き上げる。同時に後方を確認。そのF4Fは火を吹きながら真っ逆さまに墜落していった。そいつの片割れは列機が撃ったが、致命傷にはならなかった。
 市は上から次の標的を探す。矢のように降下して、もう一機に攻撃、撃墜。だが、この時点でおおむね敵の襲撃は終わり、戦闘機も退避に入っていた。敵の引き足は速く、ニュージョージア島の南端付近まで追撃したが追いつけなかった。
 この戦闘では戦果も挙がったが、被害もかなりあった。

 翌日、市は第一直で早朝から上空警戒に上がったが、さっそく敵襲があった。
 やや高め、四千に高度を取っていたのでほぼ同高度、東から朝日を背に襲い掛かってきた。それは四機四機で上下に分かれ、おそらく上がF4Fで下がSBDだった。こちらは二機の横隊。やり易いと言えばやり易い。
 市はバンクすると下のSBD編隊に突っ込んだ。同時に上から乱射してくるF4Fを軽く躱す。敵はいつもの梯形で前上方から市は一番機、列機は二番機を射撃した。つまりすれ違いざまに二〇ミリを叩きこんだ。その二機は火を噴き、落下していく。
 左から斜めに入ったのでそのまま右下に抜け、列機の下を躱して右上昇反転。ここで怒りに燃えたF4Fが切り返して乱射してくるが当たらない。ぐるっと緩横転を打ってSBD四番機の後下方に迫り、下から撃ち上げた。命中、炎上、脱落。これでSBD編隊は三機を失い、残った三番機も爆弾を棄てて遁走した。
 列機はさっきの交叉で左上昇反転を打ったので、今は市の前方でF4F二機に追われている。市の後方にも二機。だが、この列機は判断が良く、射撃を躱しながら市の前に敵機を連れてくる。市はそこに七・七をガーっと浴びせる。一機が発動機から黒煙を噴き出した。それを残った一機がかばい、二機とも退避していった。列機の後方はクリアだ。
 二対二になったため、市を追っていた二機はここで一瞬迷った。このまま市を追うか列機に向かうかだ。市はその隙を見透かし、緩横転から大きなバレルに移行する。たまらずに一機が前に出たところを二〇ミリで連射。もう一機には回り込んだ列機が射撃。市の撃った機は墜落していき、片割れのF4Fもあたふたと退避していった。

 このときの敵もあっさり引き上げたが、SBDの爆撃が失敗した時点で半ば戦意を失ったのかもしれない。地上員によると逃げたF4Fは堕ちなかったとのことなので、SBD三機撃墜、F4F三機撃墜破、爆撃を阻止して完全勝利だった。
 次の直が上がり、市は列機とともに着陸した。
 機体を整備員に預けると列機の搭乗員が駆け寄ってきた。
「分隊士! ありがとうございました。久しぶりに気分のよい空戦でした」
「うん、まあまあだったかな。だけど、次は敵も嵩にかかって来るよ。気を引き締めていこう」
「はい!」
 彼は上垣という上飛曹で、ベテランの域に入っていた。
 だが、この日はしょっぱなは良かったが、後がいけなかった。さらに三回敵襲があり、徹底的に叩かれたのだ。

 非番の市は、初めて本格的な爆撃を防空壕で味わった。
 ズーン、グワーン、ザーッ!
 爆弾が着弾すると地面がぐらつき、壕の天井から泥が落ちる。これが最後まで延々と繰り返されるのである。その間はまったく敵の成すがままで生きた心地がしない。もし直撃弾を喰らえばお陀仏だ。さすがの市も、神と涼子に祈るしかなかった。
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