戦場の再会 1

文字数 1,961文字

 あらかじめ連絡が行っていたため、ラバウルの港では迎えの車が来ていた。
 航空隊に戻ると、司令以下の幹部が大喜びで迎えた。

「...ほう、それでどうなった?」
 一通りの報告の後、飛行長が細かい話を聴取する。市は空戦の内容から漂流の様子、ベララベラ島の伝道女、陸軍に助けられるまでの状況、などを詳しく物語った。
「そうか。ともかくえらい苦労だったな。こちらでは君がやられるとは半信半疑だったのだ。いやいや、戦死の報告を送らんでよかったよ」
「本当によく帰って来たね」
 司令が満面の笑みで言うと、副長が「死んだらイカンぞ」と付け加え、目をぎょろっとさせた。
 報告を終え、市は気になっていることを尋ねた。
「それで権藤飛曹長はどうなりましたでしょうか。落下傘降下までは確認しましたが‥‥‥」
「おお、それを伝えるのを忘れておった。奴はたまたま降下した地点が良くてな。すぐさま陸軍に助けられて今はここの病院に入院しておるぞ。足を骨折したのだが」
「はあ、そうでしたか!」
 喜怒哀楽に乏しい市も顔がほころんだ。骨折をしていようが、助かってくれたなら何よりである。権藤も並の男ではないと感心した。
 彼は指揮所を出るとさっそく病院を訪ねた。

「あちらです」
 若い看護婦が案内してくれた。権藤は車椅子で外に出ており、高台からシンプソン湾の艦船を眺めている。病衣姿に頭は繃帯。ぱっと見、後姿は権藤と分からない。
「飛曹長!」
 背中に市は声を掛けた。
 権藤は振り向くとカっと目を見開き、絶句した。次の瞬間顔中が笑いになったが目は潤んでいる。ぐるっと車いすを回し、市に近づいてくる。
「小隊長! ‥‥‥生きておられたのですか! 足はついてますか」
「うん、ちゃんとあるよ。首を狩られそうになったけどね」
 市は珍しく冗談を言い、ニヤっと歯を出した。
「そうですか‥‥‥ラバウルに戻って小隊長が未帰還と聞いたときは目の前が真っ暗になりました。俺のせいでと思い、己の不甲斐なさにほとほと‥‥‥」
「ハッハッ、そんなことはないよ。それに俺はそう簡単にやられないから。絶対に生き残ると約束したじゃない」
「はあ、はい。‥‥‥でも‥‥‥、いや、本当に良かったです」
「いやいや、飛曹長こそ生き残ってくれて本当によかったよ。‥‥‥それでどんな具合なの?」
 市は足の方を見る。
「ええ、片方は足首が折れて、片方は踵が折れました」
 権藤の両足は石膏で固められている。本来、動き回ることはできないが、搭乗員ということで特別扱いされていた。この時期のラバウルはまだいろいろと余裕があったのである。

「てことは、降りた場所で岩にぶつけたわけか」
「はい。おっしゃる通りです。でも気絶している間に陸軍が助けてくれました」
「なるほど‥‥‥それでそっちは?」
 こんどは頭の繃帯を見る。
「ああ、これはかすり傷です」
 権藤は頭に手を当てた。実際は頭蓋骨が破片で二か所削られていた。どちらも少しずれていれば即死である。おまけにまだ発熱が続いている。
「それならば一か月ぐらいで復帰できるかな」
「ええ、ただ

は内地送還になるようです」
「ああそうか。それはいいね。ちゃんと治せると思うよ」
「はあ‥‥‥でも俺だけ先に帰って申し訳ないです」
「いやいや。しばらく内地で休養したらいいじゃない。どうせまた直ぐに呼び戻されるから」
「はあ‥‥‥」
「‥‥‥ところで軍法会議の件は聞いてる?」
「はい、一昨日だったかな。飛行隊長がここに来て『どういうことがあったが説明しろ』と詰問されましたが‥‥‥。事故のことは詳しく報告しておきました」
「そうか。なんでも、理由は『抗命』と『虚偽の報告で事故を誘発した』ことだそうだけど、俺たちが未帰還になったので有耶無耶になったらしいよ」
「やっぱり、あの事故を俺たちのせいにしたのですか‥‥‥まったくとんでもない隊長ですね」
「うん。でも幸いにというべきか、どうやら交代になるようだね。なにしろ搭乗員は全滅だから‥‥‥。あそこは近々別の部隊が本格的に進出するんだと」
「なるほど。わが軍のためにはその方がいいですね」
「そうそう。おかげで俺も本隊に戻ることになったよ」
「ああ、それはよかったです。あんな奴とはさっさとおさらばした方が良いです」
「まったくね‥‥‥」
「‥‥‥ところで、ちょっと引っかかっていたのですが。‥‥‥さきほどの首が狩られるというのは、何かあったのですか?」
「ああ、その話をまだしてなかったね...」
 市はベララベラ島の伝道女にまつわる顛末を語った。
「へえ! 日本語を話すドイツ人女ですか。いかにも怪しいですね。それが例のスパイなんですかね?」
「どうだろうねえ」

 この後も当日の空戦を再現したりして一時間ぐらい話し込んだ。
 二人は再会を約して別れたが、それが実現するのは当分先のことであった。
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