ブカ基地 3

文字数 2,060文字

「はい、申し訳ありません」
「おいおい、申し訳ありませんばかりじゃ、何も分からんじゃないか」
「はい、申し訳‥‥‥」
「理由があるなら言ってみよ」
「ついカっとなってしまいました」
「あの、分隊士」と梁田。
「ん、君は何か知ってるのか?」
「杉本兵曹はお兄さんがツラギでやられたそうです」
「何? 兄上は浜空(横浜航空隊)だったのか、杉本」
 がばっと顔を上げて杉本が答えた。
「はい。兄たちはあそこで全滅しました」
「そうか。そうだったのか‥‥‥それは残念だったな」
「はあ‥‥‥」
「でもな、杉本。気持ちは分かったが、君までやられたら兄上の敵も討てないじゃないか。そうだろ? 冷静になれ。敵討ちなら、その気持ちを胸に秘めて確実に一機ずつ仕留めていけ。それがわれわれの任務であり、勝利につながるのだ。そのためには、自分が死なないことが絶対条件だ。これからは生きて空戦に勝利することが兄上の敵討ちと考えよ。良いな、冷静にだぞ」
 またいつもの論理に帰着した。
「はい‥‥‥」
「それから梁田。電話で俺の声が聞こえたか?」
「いいえ」
 やはり空戦の勘、あるいはセンスの良し悪しは厳然としてある。
「そうか、じゃあ自分の判断で追尾をやめたのだな。あれは良い判断だったぞ。猪突猛進はだめだ。それでは命がいくつあっても足りん。生きて撃墜し続けてこそ、われわれは勝利する」
「はい」
 市は二人を帰した。
 確かに、杉本が生き残ったのはまったくの幸運だった。彼は神と涼子に感謝した。

 一方、こちらはガダルカナル島の米軍基地。少し時間を戻してこの日の昼下がりのこと。
「何? おそろしく射撃の上手いハンプ(零戦三二型の米軍側呼称)だと?」
 ロルがスナイパー大尉に反問した。今日、市たちが空戦したのはスナイパー大尉の中隊十二機だった。
「ええ。なんとなくそいつが例のスネークって奴じゃないかと‥‥‥」
「そいつらは二機だったか?」
「いえ、三機でした。ですが、他の二機は並の腕でした」
「で、そいつがスネークという根拠は?」
「二機が次々に操縦席を狙い撃たれたのです。七百ヤードぐらいは距離があったと思うのですが」
「ふむ」
 その二機は飛行場まで帰れなかった。パイロットはパラシュート降下したが重傷を負っていた。一機なら偶々ともいえるが、二機となるとそうはいかない。
「結局、俺の中隊はそいつらに七機撃墜破されたんです。俺は前回戦ってないので分かりませんが、どうもスネークじゃないかと思えるんです」
「ふむ‥‥‥マックはどう思う?」
「はあ、話を聞く限りスネークなんじゃないですか」
 スミス大尉がそう答えると、ロルもそんな気がしてきた。
「クソ、やはり生きてやがったか。おそらくそれが『ヤマモト』だろう。まったく蛇のような奴だな‥‥‥ところでハンプに関する追加情報はあるか?」
 傍らの情報将校に尋ねる。
「いえ、今のところありません」
「スネークに関してもその後の情報はないな?」
「まったくありません」
「敵の前進基地はいつできる?」
「今月(九月)末とのことです。ただクノやコック以外は知らない人間が多くなったとのことで、情報員もやりづらくなっているとのことです」
 “クノ”こと九ノ泉は、現地人の若者を召使い代わりに使い、逆に情報を取られていた。
「なるほどな。それと敵の地上部隊はどうなった?」
 これはガダルカナル島の陸軍部隊のことである。
「それも消息不明ですが、おそらくマタニカウ川近傍にいると考えられます。ただし、舟艇は相当沈めましたし、東方に上陸した部隊も大打撃を与えたので、大した戦力ではないと思われます」
 米軍も日本軍の陸上兵力を正確には把握していなかった。だが、地上支援は今のところロルの受け持ちではないので、気になるのはやはりスネークである。
「ありがとう。引き続きスネークの情報を集めてくれ」
「了解しました」

 ガダルカナルの戦いもいよいよ佳境に入っている。
 陸軍による飛行場総攻撃を支援する意味もあり、戦爆連合によるガダルカナル島攻撃が連日行われた。それに伴って、市たちも連日の出撃である。
 この日もラッセル諸島上空で敵機が現れた。やはり左右二群で高度は市たちとほぼ同じ七五〇〇だった。違うのは左の十二機が全部市たちに向かってきたことだ。それは陸攻隊にとっては攻撃が半分になるので良いことだが、市たちにとってはピンチである。だが、歯を食いしばって耐えねばならない。
 この場合、下に逃げればまず確実にやられるので上に上にと空戦をひっぱることが重要である。縦の機動は沈みが大きいこと、機速を落しても沈みが大きいこと、などからハイヨーヨー系の機動を多用することになる。あとは富田の整備してくれた発動機がどこまで回るかだ。
 市は若干左に向かいながら少し機首を下げ、増速した。敵編隊も少しずつ左に寄ってくる。F4Fは四機ずつの三群で、四機はいつものように二つのペアから成る。この十二機はスミスの中隊だった。
(スネークを始末するチャンスだ!)
 話を聞いていた彼らは、市たちの三機を見たとたんに興奮した。
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