ブカ基地 4

文字数 2,136文字

「マック、俺たちが突っ込むから掩護してくれ」
 などと何人も言い出す始末で、ロルの「一撃離脱に徹する」戦術などどこかに消えていた。だが、そもそも同高度で出会ってしまったので一撃離脱は困難である。しかも、この高度(二万五千フィート)ではF4F-4の上昇力はハンプよりかなり悪く、空戦自体が不利なのだ‥‥‥
「わかった。じゃあグレッグ、ミートの順に攻撃してくれ」
 スミスは妥協した。

 市は過速にならない程度に増速し、敵の下方を交叉した瞬間に斜め宙返りに入った。列機は遅れながら付いてくる。F4Fは二群(八機)が乱射しながら降下していったが、沈みが大きい。
 背面で見ると、残った四機が右に切り返し、市たちを追尾しようとしていた。市がいつものインメルマンから左旋回に入ると敵の四機も大回りで左旋回に入る。列機が遅れて少し危ない位置にいる。だがそのまま回ればいずれ勝てる状況である。
 それはスミスの小隊だったが、のっけから零戦の得意な左の旋回戦に誘い込まれてしまったのだ。
「マック、こりゃあダメだ。離脱した方がいい」
 一周回ったところで二番機のモロー少尉が言った。
「了解、離脱する」
 かくてスミスの小隊も降下に入った。市はそれを見届けると大きくバンクし、北西に向けて降下・増速した。はるか先では、セオリー通り最初の二群・八機が上昇に入っていた。市たちはその片割れの尻に殺到する。それに気づいたピットマン准尉(グレゴリーの二番機)が叫んだ。
「だめだ、ミート降下しろ! スネークが行ったぞ」
「了解」
 その瞬間に市の七・七がミート隊の二番機(アイデン中尉)の風防を穴だらけにした。
「うああ!」
 しかし彼もとっさに伏せたので無事だった。だがエンジンから黒煙が噴き出している。一方、梁田の七・七も三番機の胴体に命中した。七・七は威力がないが、機首に装備されているので狙いやすい。
「クソ!」
 ピットマンは怒りに燃えた。だが、機首をスネークに向けようにも、この高度と速度では機体が言うことを聞かない。このままでは回り込まれそうで、ガダルカナル島の方向に向けて降下・増速するしかなかった。
 一方、市たちが上昇反転して下を見ると、少しモタモタしているF4Fがいた。市はそれを見逃さない。彼は鷹のように急降下し、その腹から二〇ミリで撃ち上げた。権藤の二の舞にならぬようにすばやく回避。一瞬遅れてその機体は爆発した。市は列機の深追いを防ぐためにバンク。

「うわああああ‥‥‥」
「おい、どうした!」
「マック、カプランがやられた!」
「クソお」
 ミート隊はUターンして確認しに行ったが、パラシュートはどこにも出ていなかった。
 だが誰にもどうしようもない。スネークたちは上空で旋回している。隙があれば攻撃してくるだろう。また目標を陸攻隊に変えようにも、すでに影も形もない。‥‥‥となると、もはや下降して離脱するしかなかった。
 上空では梁田が初撃墜に興奮していた。実は彼の七・七がカプラン機の操縦席に入り、負傷させていた。それで操縦困難に陥っているところを市が仕留めたのである。僚機はカプランが自分の後上方に付いているとばかり思っていた。
 市たちは、もう一度ガダルカナル島に機首を向けたが、高高度に敵はいなかった。味方も見えないが、おそらくかなり高度が低いと思われた。三名はラッセル島上空で周回した後、帰途についた。この日の杉本は生彩がなかったが、やられなければそれで良いのである。市たちは十二機を相手にし、圧倒的に不利な空戦を凌いだのだ。

 彼らがブカに戻ると、事務掛の士官と若い搭乗員が待っていた。その事務掛も元は搭乗員である。
「どうしました? 不時着ですか?」
「いえ、こちらに派遣されたそうです」
 事務掛が答えた。彼は航空予備学生出身の中尉でここの最高位だが、市より後輩である。ここの実質的な指揮権は市にある。
 搭乗員は皆川三飛曹といい、杉本の同期だ。
「零戦は? 二号ですか?」
「はい。ただいま整備中です」
「そうか、それは良いですね。私は三機編成ではどうも空戦しづらくて。あちらさん(米軍)のように二機二機で小隊を作る方が余程やり易いですよ」
「はあ、そうなのですか」
 市は中学生の頃から二機や四機の編成でみっちりと空戦訓練を行っていた。それは複葉機の時代だが、彼の師匠は荒木という陸軍航空隊草創期のベテランパイロットだった。他にも同じく陸軍航空隊出身のベテランが二人いて、いつもその四人で飛んでいた。
 それはともかく、ブカ基地の四人はさっそく指揮所で打ち合わせをした。
「皆川に最初に言っておくが、絶対に深追いをするな。本隊でもさんざん言われたろうから分かっているな。またここでも小隊から離れて行動しないこと。絶対にだ。これは他の二人ももちろんだが、徹底してくれ」
「は!」
「以下は皆に共通だが、絶対に死ぬな。たとえ機体がやられても自爆するな。自爆は禁止する。被弾して操縦不能になったなら、必ず落下傘降下せよ。俺は君たちに一人十機撃墜の義務を課す。それまでは絶対に死んではならない。十機を達成したら二十機だ。それぐらいやって初めてわれわれはこの戦争に勝てる。よいな」
 いつもの注意をすると、皆川だけ少し顔をしかめている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み