第146話精鋭部隊の始まり

文字数 3,334文字

「織田家から援軍要請があった。浅井家と朝倉家との決戦を行なう――」

 遠江国、浜松城。
 評定の間にて、徳川家康は家臣一同に織田家から来た書状を見せながら言う。
 この場には酒井忠次や石川数正、大久保忠世と言った重臣が揃っていた。
 無論、成政も例外ではない。第三席に座っている。

「織田家と我ら徳川家は同盟を結んでいる。それに今、武田家は攻めてこない。なれば出陣したいのだが――」
「我ら、金ヶ崎の恨みがある故、是非とも出陣したく存じます」

 そう返したのは石川だった。酒井も大久保も反対しないらしい。
 家康は「成政はどうだ?」と意見を求めた。

「私は家臣として殿の命に従うのみです」
「ほう。元織田家の家臣として強く援軍を求めると思ったが」

 酒井の皮肉に対し「そう思ってくれて結構です」としれっと返す成政。

「私も先の戦で手傷を負ってしまった……強くは言えません」
「まあ一同出陣を願うのであれば、それに越したことは無い」

 家康は立ち上がり「信義を失った浅井家と朝倉家に目に物を見せてやろう」と宣言した。

「三河武士の強さを見せつけてやれ! 以上だ!」

 軍議が無事に終わり、武将たちが三々五々と出て行く中、成政だけが残った。
 家康は「兵は五千ほどしか出せん」と冷静に言う。

「織田家の軍勢と比べて少ないが、私たちの戦ではないからな」
「承知しております。むしろ三国の守りを考えればそれが限度かと」
「成政よ。そなたが怪我を負ったと聞かされたときは肝が冷える思いだった」

 心情を吐露し始めた家康に「もったいのうお言葉です」と冷静に帰す成政。

「そなたは強い男だと思っている。しかしそれを打破する男が存在するとは……」
「私は最強でもなければ無敵でもありません。勝敗は兵家の常ですよ」
「平八郎を倒したそなたは徳川最強だと思うのだが」

 成政は「いえ、最強は本多忠勝殿です」と否定した。

「これからの徳川家の軍事を担うのは彼ですよ。なにせ戦場で傷を負ったことがないのですから」
「左様か……少し寂しい気持ちになるな」

 家康の正直な意見に成政は「私もです」と同意した。

「戦えなくなった人間ほど見苦しいものはありません……そこで殿。お願いがあるのですが」
「なんだ? 言ってみよ」

 成政は背筋を正して「前々から考えていましたが」と言う。

「私直属の部隊を作りたく存じます。精鋭を揃えた五百ほどの――」


◆◇◆◇


 家康からの許可を得た成政は早速部隊をどう作るか考えた。
 兵の中で強者を選りすぐる――それが一番手っ取り早いと思うが、今怪我を負っている自分には難しい。

 あれこれ考えていると後ろから「佐々様」と声をかけられた。
 聞き覚えのある声だったので、笑顔で振り向くと榊原康政と本多忠勝が揃っていた。

「ああ、ちょうど良かった。二人に頼みたいことがある」
「あれ? そうなんですか? そりゃあ都合が良かった……いや悪いのかな? 俺たちは稽古を頼みたかったんですよ」
「…………」

 饒舌な康政と無言の忠勝。
 相変わらず対照的な二人だなと思いつつ「ではそちらのほうをやろうか」と成政は言う。

「しかし、知ってのとおり私は怪我をしている。だから助言しかできない」
「まあそれでも助かりますよ」
「……おかしいな」

 康政が頷いた後に忠勝が疑問を呈した。

「いつもなら、怪我をしていても戦えるはずだ」
「ああ、そうだな。普段の佐々様なら『これくらいがちょうどいい』と言うと思う」
「あははは。実は馬鹿に説教したおかげで怪我が大怪我になってしまった」

 よく分からない言葉に康政と忠勝は顔を見合わせる。
 さらに続けて「実のところ、もう二人の相手はできなくなった」と付け加える成政。

「金ヶ崎で分かったよ。二人はもう私を超えている。怪我を負ったままでは勝てないとね」
「そんなこと……ありますか? 忠勝はともかく、俺は……」
「あるさ。現に真柄直隆にやられてしまったしね」
「…………」

 康政は飲み込めたようだが、忠勝はどうも納得していなかった。
 今でも成政が徳川家最強だと信じている。
 そして武芸の師としても仰いでいる。
 成政が弱気なことを言って苛ついている自分もいる――

「とはいえ、まだまだ私の時代は終わらないよ」

 おもむろに城内の庭先に出る成政。
 若者二人は黙って見ている。
 成政は庭木を揺らして、葉っぱを舞わせた――瞬間、目にも止まらぬ速さで抜刀し、木の葉を真っ二つにした。

「このくらいのことはできる……しかし、二人とも見えなかったわけじゃないよな」
「ええ。まあ見えました」
「……対処もできる」
「だろう? それが超えている証だ」

 成政はにっこりと笑って「君たちは強い!」と力強く言った。

「経験も積んだ。死地にも立ち向かった。後は実戦あるのみ。ま、ところどころムラがあるけど。そこを今日の稽古で直してあげよう」
「おお、それはありがたい!」
「……ただ一つ。願いたいことがある」

 単純に喜ぶ康政と違って、忠勝は成政を見据えた。
 まるで自分と森可成を思い出すなと成政は懐かしくなった。

「怪我が治ったら勝負してほしい」
「忠勝。さっきも言ったように――」
「俺の心残りを無くしてくれ」

 忠勝は深く頭を下げた。
 成政は仕方ないなと苦笑した。

「負けると分かって勝負しろって言うのか。まったく、負けず嫌いだなあ……いいよ、勝負しよう」
「……感謝いたす」
「良かったなあ忠勝……ところで佐々様が頼みたいことってなんですか?」

 今までの忠勝の努力を知っている康政は感慨深そうに笑って、それから成政の用件を訊いた。
 成政は「実は私の直属の部隊を作ろうとしている」と言う。

「兵を選りすぐりたい。それを手伝ってほしい」
「いいですけど……何人集めるんですか?」
「五百人だ」

 五百人を選定するのはとても骨がいる作業だ。
 しかし康政は「かしこまりました」と頷いて、忠勝も「承知」と了承した。

「ありがとう。ま、こたびの戦までは間に合わないと思う。だから終わった後に手伝ってほしい」
「それも承りました」
「さあ。訓練場に行こうか」

 成政は二人を促した。
 その顔は珍しく明るいものだった。

「戦が近いから、ほどほどにやろう。怪我して出られないほど情けないものはない」


◆◇◆◇


「その精鋭部隊の組頭、やってくれるか?」
「いきなりだな……まだ若造だぜ、俺は」

 成政の屋敷で可児才蔵は戸惑っていた。
 とんでもない抜擢をされたのだから当然の話である。
 その隣で話を聞いていた大蔵長安は「良い話じゃないですか」と笑った。

「戦働きがしたいんだから。大出世だな、才蔵」
「大蔵の兄さん。そりゃ自信がないわけじゃないけど」
「金ヶ崎で多くの首を獲ったじゃあないか。お前ならできる」

 成政は「私はできると思う人間にしか任せない」と矜持をくすぐることを言う。

「現に長安は勘定奉行の補佐として役立っている」
「あっしも驚きましたがね」
「でもさ。若い俺に従うかな?」

 成政は「従わなければ殴ればいい」と至極単純そうに言う。

「それにまだ精鋭部隊は作っていない。まずは覚悟しておいてほしいってことだな」
「……分かったよ。やってみる」

 才蔵がしぶしぶ頷くと「よく言ってくれた」と成政は喜んだ。
 長安は「しかし五百の兵の組頭ですか」と言う。

「才蔵一人でまとめ上げられますかね?」
「ああ。実は補佐も就けようと思っている。ちょうどいい若者がいてね」
「なんだよ。それ先に言ってくれ」

 才蔵が安心したように笑った。
 長安は「どなたですかい」と訊ねた。

「虎松という。今は若様の御付きをしている。その者は優秀だから立派に務めてくれるだろう」
「もしかして、俺より年下なのか?」
「年上だったらその者を組頭にするよ」

 成政の発言に「頭を抱えたくなるぜ」と苦悩する才蔵。
 こうして成政の構想どおりの部隊が作り上がってきた。

「そういえば、部隊の名前は決まっているんですかい?」

 長安の問いに「そういえば、考えていなかったな」と成政は考える。
 ふと、自身の刀である村正の『濡烏』が目に入った。

「……『黒羽組』というのはどうだろうか」
「おっ。その由来は?」
「刀を見て思いついた。烏の羽は黒いからな」

 単純な命名だが、不思議と精鋭部隊の風格がある。
 成政は大いに満足した。
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