第103話認めねえ

文字数 3,063文字

「あぁん? てめえ、今なんつった?」

 利家の恫喝に、同じく険しい顔の男――佐脇良之。
 まるで山賊のような強面だが、見ようによっては美丈夫と思わせる彼は、利家にこう返した。

「だから、俺たちはあんたが筆頭なのが気に入らねえって言ってんだよ――利家さん」

 同調するように長谷川橋介、加藤弥三郎、山口飛騨守が憮然とした顔で頷いた。
 対して利家と長い付き合いの毛利新介が「何が不満だってんだ!」と怒鳴る。

「これから赤母衣衆として協力していく仲間だろうが!」
「毛利殿。俺は別に協力しないとは言っていない。だが利家さんが筆頭なのは納得いかねえんだ」

 頑として利家を認めようとしない佐脇。
 利家はしばらくその顔を見た後、深いため息をついた。

 信長の選出で赤母衣衆の一員が決まり、これから本格的に始動しようとしていた矢先だった。
 互いの顔合わせで、小牧山城の一室に集まったのだが、出鼻を挫くように佐脇が利家が筆頭に相応しくないと言い出したのだった。

 既に根回しが済んでいるようで、集められた十人の中で、佐脇を含めた四人が反対を表明していた。利家と新介を除く四人――浅井政貞、福富秀勝、野々村正成、猪子一時は何も言わないが、内心はそのとおりだと思っているらしい。利家の味方をしなかった。

「筆頭ってことは、俺たち赤母衣衆を主導する立場にあるんだ。それが最近帰参したばかりの野郎になるのは不愉快だな。しかも放逐された理由も考えれば、看板を汚されるのと一緒だぜ」

 佐脇の言葉に「そのとおりだ」と加藤が同意した。

「あんたが筆頭だと格が下がるんだよ」
「てめえら……利家はあの頸取六兵衛を討ち取ったじゃねえか!」

 新介が部屋中に響き渡る大声で叫んだ。
 自身の友人を馬鹿にされたとあれば、何が何でも撤回させようとする。
 武士でなくとも男ならばそうだ。

「あの大手柄を忘れたとは言わせねえ!」
「大手柄ねえ。あんとき、頸取六兵衛は長い間、俺ら織田の兵と戦っていた。相当疲れていたはずだ。でも利家さんは途中から参戦して、元気が有り余っていた……俺の言いたいことは分かるよな?」

 佐脇のふてぶてしい態度に苛立ちを覚えながら「よく分からねえなあ!」と新介は怒鳴った。
 面倒くさそうに「じゃあ教えてやるよ」と佐脇は返した。

「頸取六兵衛を討ち取れたのは――まぐれだって言いたいんだよ」
「なんだと! てめえ――」

 思わず手を出しそうになった新介を利家が「待て新介」と止めた。

「つまり、俺が筆頭に相応しくないどころか、帰参したのもまぐれと言いたいんだな? 佐脇」
「ああ。違うか?」
「お前がどう思おうが勝手だ。でもよ、程度の低いやり方で引きずり落そうだなんて、たかが知れているぜ」

 利家が怒りを込めた目を向けても「あんたに程度が低いなんて言われたくねえよ」と佐脇は余裕で答えた。

「とにかく、俺たちはあんたの命令を聞かない。好き勝手やらせてもらうぜ」
「それこそ勝手にしろ――と言いたいが、それは捨てておけねえな」
「あん? 何言ってんだ、あんた」

 利家は佐脇を真っすぐ見据えながら「俺は殿から直々に命じられたんだ」と言う。

「赤母衣衆の筆頭として、お前らをまとめ上げる義務がある。だから力づくでも言うこと聞いてもらうぜ」
「……あんたはいつでもそうだな。何でも力づくで事を収めようとする」

 呆れた顔になった佐脇は立ち上がった。
 反対派の三人も同じく立ち上がる。

「付き合うのも馬鹿馬鹿しい。俺たちはこれで失礼するぜ」
「……逃げんのか?」
「挑発してんのか? 餓鬼かよ」
「ああ。お前をぶん殴りたくなったんだ」

 佐脇は耳の穴をほじりながら「殿から成長したと聞かされたけどよ」と吐き捨てた。

「拾阿弥を斬ったときとあんまり変わらねえよ、利家さん」
「…………」
「そんじゃ改めて失礼する」

 そう言い残して、佐脇たち四人は部屋から立ち去った。
 新介が待てと怒鳴ったが、聞く耳を持たなかった。

「……拙者たちも他に仕事があるため、下がらせてもらう」

 反対しなかった四人も、各々の仕事を理由に部屋から退出した。
 残されたのは利家と新介だけだった。

「ちくしょう! ……これからどうする?」
「どうしようもねえよ。従う意思がねえんだから」

 利家の返事を聞いて「あの佐脇の野郎!」と床を思いっきり殴る。
 利家は「幼いときは可愛げのある奴だったんだけどな」と寂し気に呟く。

「今じゃあすっかり、利家さんか。悲しくなるぜ。なあ――利之」

 利之とは佐脇良之の名前だった。
 しかし佐脇家の養子になって改めたのだ。

 彼の元々の名前は、前田利之。
 利家の実の弟だった――


◆◇◆◇


「いきなり兄弟喧嘩ですか。利家の弟らしいと言えばそれまでですけど」
「可成の兄い。そんな軽いもんじゃねえよ」

 その晩。利家は森家の屋敷で、自身が兄と慕う可成と酒を酌み交わしていた。
 養子に出たとはいえ、実弟に歯向かわれたのは、利家にとっても寂しいと感じてしまったのだろう。珍しく可成に愚痴っていた。

「おそらくですけど、佐脇は利家に嫉妬しているのですよ」
「俺に? なんでだ?」
「欲しいものを全て、あなたが持っているからです」

 よく分からないという顔をしている利家。
 可成は杯に酒を注ぎながら「俺が言うことではないですけど」と前置きした。

「生家である前田家に所属していて、殿の覚えもめでたく、戦では鬼神の如き働き。評判も高くて、しかも赤母衣衆の筆頭なのですから」
「それを言ったら、可成の兄いだって織田家の部将で名が轟いているじゃねえか」
「だから、俺が言うことではないと断ったじゃないですか」

 くすくすと笑う可成に「はあ。面倒くせえな」と零す利家。

「男の嫉妬ほど、見苦しいもんはねえわな」
「同感ですね。あ、それよりこの噂知っていますか?」

 可成が真剣な顔になったので「悪い噂じゃねえだろうな?」と姿勢を正した利家。

「これ以上厄介事は嫌だぜ」
「織田家家中のことではありません。斉藤家が強い理由は、有能な軍師がいるからだと言われています」
「有能な軍師? 誰だそりゃ?」

 利家は世情に疎いわけではない。余程隠された情報なのだろう。
 可成は「竹中半兵衛をご存じですか?」と問う。

「いや。初耳だ」
「そうですか。彼は年若いながらも、知略に長けていて、今孔明と評される男です」
「こうめいってなんだ?」
「昔の凄い軍師です」

 利家は腕組みをして「そんな奴がいるのか」と考えた。

「でもよ。いくら知略に長けていても、実際率いる将が弱かったら駄目だろ」
「西美濃三人衆がいるじゃあないですか」
「あ、そうか。そいつらを上手く使ってんだな」
「ええ。もし彼をこちら側に引き込めば、美濃国を獲れるかもしれません」

 利家は「そんな簡単にいけばいいけどな」と一笑に付した。

「賢い男だったら調略なんて効かねえ」
「お。意外と鋭いですね、利家」
「馬鹿にすんなよ。それぐらい俺にだって分かる」

 利家は杯の酒を一気に飲み干した。
 そして酔った勢いで言う。

「俺がもし、竹中半兵衛ぐらい賢かったら、美濃国獲っちまうけどな」

 もちろん、利家自身、冗談で言っただけだった。
 だから可成も「あはは。それはいいですね」と笑った。

「そしたら美濃一国の主ですか。楽しそうですね」
「ああ。男の夢だぜ」


◆◇◆◇


 このやりとりから数日後。
 織田家に激震が走る知らせが入り込んでくる。

 竹中半兵衛がたった十七人で斉藤家の本城であり難攻不落の名城、稲葉山城を攻めて乗っ取った。
 そしてしばらくした後、城を斎藤龍興に返上し、隠居したという――
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