第158話意外な再会
文字数 3,350文字
「お前の親父には散々世話になった。付き合いもお前より長い。だからさ、分かるんだよ――お前たちは愛されて育ったって」
「…………」
語る利家の足元には、満身創痍な勝蔵が倒れていた。訓練を積んだ青年とはいえ、実戦を重ねた武将には勝てない。
しかし、健闘はしていた――利家に少なくない傷を負わせていた。流石に可成の兄いの息子だなと考えて、勝蔵の胸ぐらを掴んだ。
「そんなてめえの親父が死んだんだぞ。素直に悲しいって言えよ」
「……誉れのある死を得たんだ。それなのに悲しいなんて……言えねえよ」
勝蔵の目がひたひたと濡れてきた。
様子を伺っていた乱丸は驚いた。父が亡くなったと知らされても動揺しなかった。それどころかいつものように振る舞っていた。だけどそれは勝蔵なりの強がりだった。
「誉れのある死? 関係ねえよ。死んだ人間を弔えるのは――生きている俺らだけだ。だからよ、俺は悲しむことも弔いだと思うんだ」
「けっ。槍の又左が女々しいことを言いやがる」
「知らなかったのか? 男だって泣いていいんだ。立ち止まって悔やんで、それから歩き続けるんだよ」
利家は胸ぐらから手を放して――勝蔵の頭を優しく撫でた。その優しい手つきが勝蔵の我慢を解いていく。
「俺は、泣いていいのか? 親父が、あの強かった親父が、死んだことを……悲しんでいいんだな……?」
利家が答える前に、勝蔵は――泣いた。
まるで子どものように泣いた。わんわんと声を上げ、父親の死を深く悲しんだ。
それを見ていた乱丸は兄に駆け寄り、一緒に泣き始めた。利家は空を見上げた。兄い、これでいいよな?
「兄上……ようやく泣けたんですね……」
一部始終を見守っていた乱丸も涙を流した。
そしてふと、隣の奥村を見た――気絶していた。
利家が傷ついたせいでまつに怒られることが確定した彼は、許容範囲を超えてしまい意識を失ってしまった。
「あ、あのう……この人……」
「うん? あー、気にすんな。後で起こすから」
乱丸の心配そうな顔に反して、すっきりした気分の利家。
気絶した理由も分かっていたので、どうでもいいと思っているのだろう。
「なあ勝蔵。お前、面白いところに連れてってやるよ。そこには愉快な俺の親戚がいやがる。狭い視野がかなり広がると思うぜ」
「……あんたさ、展開がいきなりすぎるんだよ。殴って説教した後に、遊びに行こうだと? そんなのに乗る馬鹿なんて――」
勝蔵がそこまで言った後、利家は「お前は馬鹿だろう」とあっさり言う。
「俺だってそうだ。馬鹿なほうが生きやすいときもある。深く考えたら駄目なときもある。そんぐらい、若くても知っているだろう?」
「……流れに身を任せろ、って言っているのか?」
「それにお前の親父が守った場所でもある」
利家は勝蔵に笑いかけて、手を引っ張った。
まるで親戚の子どもを誘うちょっと悪いおじさんのようだった。
「親父が守った場所? どこだよ?」
「それも知らねえのか? まあ教えてやるよ――」
利家は精悍な顔つきで宣言した。
「――京の都さ。あそこは面白いもんいっぱいあるんだよ」
◆◇◆◇
「よう兄さん。久しぶりだなあ。元気だったか?」
数日後、信長の許可を得て、利家と勝蔵は京に来ていた。
気の置けない友人のように出迎えてくれたのは、前田慶次郎利益だった。
相変わらず歌舞いた恰好をしていて、当世一流の風流人だった。
「ああ、久しぶりだ。元気に関しては俺に敵う野郎はいねえ」
「あははは。そりゃあそうだろうな。それで、そこの子が……」
京の都の盛況さに驚いている勝蔵。
辺りをきょろきょろ見渡して物珍しそうにしている。
「え、あ、俺は勝蔵だ。森家の」
慶次郎に気づいた勝蔵が適当に挨拶した。
その適当さが面白いと思ったのか、はたまた大人物であると感じたのか、慶次郎は「なかなかの大物だな」と笑った。
「前田慶次郎だ。よろしくな」
「……利家さんに連れてこられたんだけど、何か面白いものあるのか?」
「ああ。今は足利将軍家のお膝元ってこともあって、結構賑わっているぜ」
慶次郎は「まずは歩こうか」と二人を誘った。
歌舞いた恰好で朱槍を持っている慶次郎は嫌でも目立つ。
「あ、慶次郎さん! ご機嫌麗しゅう!」
「今度また、ウチに寄ってくださいよ!」
京の住人に気安く話しかけられているところを見ると、既に馴染んでいるのだなと感慨深くなる利家。
「なんだ。京の顔役みたいじゃあないか」
「なりつつある。でも俺はそういう面倒臭いの嫌なんだ」
「お前らしいなあ。前田家を出奔したときと同じだ」
利家の何気ない言葉に勝蔵が「出奔したのか?」と不思議そうに言う。
「まあな。いろいろあって、四男の俺が前田家を継いだんだ」
「兄さん、気にすんなって言ってるだろ? 俺は俺で自由に楽しんでいるんだから」
「……お前が楽しそうでなによりだよ」
慶次郎は「そういえば、助右衛門はどうしているんだ?」と自身の親友の近況を訊いた。
「実は連れてこようと思ったんだけどさ。まつに説教されている。悪いことしちゃったなあ」
「うわああ。助右衛門、そりゃあ地獄を味わっているな。可哀想に」
余談だが利家が慶次郎に会いに行くと知ったまつは、さらに怒りを増幅した――奥村助右衛門は今、生涯において最大の苦難を受けている。
「地獄かどうかは分からねえけど……うん? なんだあの面妖な建物は」
利家が指差したのは、石造りの建物だった。窓には輝くガラスがはめ込んでおり、屋根の上には十字に交差した印――十字架が飾られている。
「ああ。南蛮寺だよ。確か、風呂敷みてえな名前の南蛮人が住んでいるんだ」
「へえ。キリスト教か」
利家が何気なく言うと慶次郎は「それは知っているんだな」と感心した。
勝蔵は興味深そうに「中に入れるのか?」とわくわくしていた。
「前に来たときは別に断れなかったぞ。風呂敷の言う神の教えはよく分からなかったけど」
「そんじゃあ入るか。面白そうだし」
行儀の悪い彼らが入るには荘厳すぎる建物――キリスト教に縁のない三人だから分からない――の門をくぐると、そこは本堂で南蛮人の宣教師、フロイスが武士らしき男と話していた。
「そうですか。寂しくなりますね」
「今生の別れではない。いずれまた会おう」
そんな会話を無視して「おーい、風呂敷!」と慶次郎が声をかけた。
フロイスは「私、風呂敷ではなく、フロイスです」と困った顔で振り向いた。
「慶次郎さんですか。ちょうど良かった。この方をご存じですか?」
「あん? ……知らねえ顔だ」
相手の男も慶次郎を知らないらしく「私も存じ上げない」と言う。
利家と勝蔵は本堂の中をきょろきょろ見ていた。
「ご紹介します。この方は斉藤龍興。なかなかの人物ですよ」
斉藤龍興、という言葉に利家は「なんだと!?」と素早く反応した。
次いで龍興も「き、貴様は!?」と気づいたようだった。
利家と龍興は互いの刀の鍔に手を添えた――
「物騒なことはおやめなさい! ここは異国の地にあるとはいえ、神の御前ですよ!」
フロイスが威厳を込めて、キリストの像を指さした。
高まる緊張感の中、龍興のほうが「ここではやめておこう」と警戒を解いた。
利家も同様に刀から手を放した。
「斉藤龍興って、先の美濃国の国主だろ? なんでここに?」
勝蔵が耳打ちすると「織田家を滅ぼす手立てを考えていたんだろ」と振り返りもせずに利家は答えた。
龍興は「ご明察」としか言わなかった。
「次の一手を打ちに参ったところだ」
「そういや、三好三人衆の客将をしていたな。またそいつらと組んで――やるかい?」
利家の鋭い殺気を余所に「あの者たちとは縁を切った」と龍興は受け直す。
「やがて私の思想が延々と使われ、体系化していくうちに、たいしたことがなくなるだろう」
「おい、それじゃ……」
「次の利用する者は決まっている。精々、自らの滅びを楽しみにしていろ」
龍興はその場を後にした。
利家は「なんてところで出会っちまうんだ?」と驚いた。
「まさか、利家の兄さんの敵だなんて。なあ風呂好きさん。どこへ行くって言ってたんだ?」
「フロイスです。ああ、そういえば言っていましたね」
フロイスはキリストの像を見上げながら言う。
「確か、越前国へ向かうとおっしゃっていました――」
「…………」
語る利家の足元には、満身創痍な勝蔵が倒れていた。訓練を積んだ青年とはいえ、実戦を重ねた武将には勝てない。
しかし、健闘はしていた――利家に少なくない傷を負わせていた。流石に可成の兄いの息子だなと考えて、勝蔵の胸ぐらを掴んだ。
「そんなてめえの親父が死んだんだぞ。素直に悲しいって言えよ」
「……誉れのある死を得たんだ。それなのに悲しいなんて……言えねえよ」
勝蔵の目がひたひたと濡れてきた。
様子を伺っていた乱丸は驚いた。父が亡くなったと知らされても動揺しなかった。それどころかいつものように振る舞っていた。だけどそれは勝蔵なりの強がりだった。
「誉れのある死? 関係ねえよ。死んだ人間を弔えるのは――生きている俺らだけだ。だからよ、俺は悲しむことも弔いだと思うんだ」
「けっ。槍の又左が女々しいことを言いやがる」
「知らなかったのか? 男だって泣いていいんだ。立ち止まって悔やんで、それから歩き続けるんだよ」
利家は胸ぐらから手を放して――勝蔵の頭を優しく撫でた。その優しい手つきが勝蔵の我慢を解いていく。
「俺は、泣いていいのか? 親父が、あの強かった親父が、死んだことを……悲しんでいいんだな……?」
利家が答える前に、勝蔵は――泣いた。
まるで子どものように泣いた。わんわんと声を上げ、父親の死を深く悲しんだ。
それを見ていた乱丸は兄に駆け寄り、一緒に泣き始めた。利家は空を見上げた。兄い、これでいいよな?
「兄上……ようやく泣けたんですね……」
一部始終を見守っていた乱丸も涙を流した。
そしてふと、隣の奥村を見た――気絶していた。
利家が傷ついたせいでまつに怒られることが確定した彼は、許容範囲を超えてしまい意識を失ってしまった。
「あ、あのう……この人……」
「うん? あー、気にすんな。後で起こすから」
乱丸の心配そうな顔に反して、すっきりした気分の利家。
気絶した理由も分かっていたので、どうでもいいと思っているのだろう。
「なあ勝蔵。お前、面白いところに連れてってやるよ。そこには愉快な俺の親戚がいやがる。狭い視野がかなり広がると思うぜ」
「……あんたさ、展開がいきなりすぎるんだよ。殴って説教した後に、遊びに行こうだと? そんなのに乗る馬鹿なんて――」
勝蔵がそこまで言った後、利家は「お前は馬鹿だろう」とあっさり言う。
「俺だってそうだ。馬鹿なほうが生きやすいときもある。深く考えたら駄目なときもある。そんぐらい、若くても知っているだろう?」
「……流れに身を任せろ、って言っているのか?」
「それにお前の親父が守った場所でもある」
利家は勝蔵に笑いかけて、手を引っ張った。
まるで親戚の子どもを誘うちょっと悪いおじさんのようだった。
「親父が守った場所? どこだよ?」
「それも知らねえのか? まあ教えてやるよ――」
利家は精悍な顔つきで宣言した。
「――京の都さ。あそこは面白いもんいっぱいあるんだよ」
◆◇◆◇
「よう兄さん。久しぶりだなあ。元気だったか?」
数日後、信長の許可を得て、利家と勝蔵は京に来ていた。
気の置けない友人のように出迎えてくれたのは、前田慶次郎利益だった。
相変わらず歌舞いた恰好をしていて、当世一流の風流人だった。
「ああ、久しぶりだ。元気に関しては俺に敵う野郎はいねえ」
「あははは。そりゃあそうだろうな。それで、そこの子が……」
京の都の盛況さに驚いている勝蔵。
辺りをきょろきょろ見渡して物珍しそうにしている。
「え、あ、俺は勝蔵だ。森家の」
慶次郎に気づいた勝蔵が適当に挨拶した。
その適当さが面白いと思ったのか、はたまた大人物であると感じたのか、慶次郎は「なかなかの大物だな」と笑った。
「前田慶次郎だ。よろしくな」
「……利家さんに連れてこられたんだけど、何か面白いものあるのか?」
「ああ。今は足利将軍家のお膝元ってこともあって、結構賑わっているぜ」
慶次郎は「まずは歩こうか」と二人を誘った。
歌舞いた恰好で朱槍を持っている慶次郎は嫌でも目立つ。
「あ、慶次郎さん! ご機嫌麗しゅう!」
「今度また、ウチに寄ってくださいよ!」
京の住人に気安く話しかけられているところを見ると、既に馴染んでいるのだなと感慨深くなる利家。
「なんだ。京の顔役みたいじゃあないか」
「なりつつある。でも俺はそういう面倒臭いの嫌なんだ」
「お前らしいなあ。前田家を出奔したときと同じだ」
利家の何気ない言葉に勝蔵が「出奔したのか?」と不思議そうに言う。
「まあな。いろいろあって、四男の俺が前田家を継いだんだ」
「兄さん、気にすんなって言ってるだろ? 俺は俺で自由に楽しんでいるんだから」
「……お前が楽しそうでなによりだよ」
慶次郎は「そういえば、助右衛門はどうしているんだ?」と自身の親友の近況を訊いた。
「実は連れてこようと思ったんだけどさ。まつに説教されている。悪いことしちゃったなあ」
「うわああ。助右衛門、そりゃあ地獄を味わっているな。可哀想に」
余談だが利家が慶次郎に会いに行くと知ったまつは、さらに怒りを増幅した――奥村助右衛門は今、生涯において最大の苦難を受けている。
「地獄かどうかは分からねえけど……うん? なんだあの面妖な建物は」
利家が指差したのは、石造りの建物だった。窓には輝くガラスがはめ込んでおり、屋根の上には十字に交差した印――十字架が飾られている。
「ああ。南蛮寺だよ。確か、風呂敷みてえな名前の南蛮人が住んでいるんだ」
「へえ。キリスト教か」
利家が何気なく言うと慶次郎は「それは知っているんだな」と感心した。
勝蔵は興味深そうに「中に入れるのか?」とわくわくしていた。
「前に来たときは別に断れなかったぞ。風呂敷の言う神の教えはよく分からなかったけど」
「そんじゃあ入るか。面白そうだし」
行儀の悪い彼らが入るには荘厳すぎる建物――キリスト教に縁のない三人だから分からない――の門をくぐると、そこは本堂で南蛮人の宣教師、フロイスが武士らしき男と話していた。
「そうですか。寂しくなりますね」
「今生の別れではない。いずれまた会おう」
そんな会話を無視して「おーい、風呂敷!」と慶次郎が声をかけた。
フロイスは「私、風呂敷ではなく、フロイスです」と困った顔で振り向いた。
「慶次郎さんですか。ちょうど良かった。この方をご存じですか?」
「あん? ……知らねえ顔だ」
相手の男も慶次郎を知らないらしく「私も存じ上げない」と言う。
利家と勝蔵は本堂の中をきょろきょろ見ていた。
「ご紹介します。この方は斉藤龍興。なかなかの人物ですよ」
斉藤龍興、という言葉に利家は「なんだと!?」と素早く反応した。
次いで龍興も「き、貴様は!?」と気づいたようだった。
利家と龍興は互いの刀の鍔に手を添えた――
「物騒なことはおやめなさい! ここは異国の地にあるとはいえ、神の御前ですよ!」
フロイスが威厳を込めて、キリストの像を指さした。
高まる緊張感の中、龍興のほうが「ここではやめておこう」と警戒を解いた。
利家も同様に刀から手を放した。
「斉藤龍興って、先の美濃国の国主だろ? なんでここに?」
勝蔵が耳打ちすると「織田家を滅ぼす手立てを考えていたんだろ」と振り返りもせずに利家は答えた。
龍興は「ご明察」としか言わなかった。
「次の一手を打ちに参ったところだ」
「そういや、三好三人衆の客将をしていたな。またそいつらと組んで――やるかい?」
利家の鋭い殺気を余所に「あの者たちとは縁を切った」と龍興は受け直す。
「やがて私の思想が延々と使われ、体系化していくうちに、たいしたことがなくなるだろう」
「おい、それじゃ……」
「次の利用する者は決まっている。精々、自らの滅びを楽しみにしていろ」
龍興はその場を後にした。
利家は「なんてところで出会っちまうんだ?」と驚いた。
「まさか、利家の兄さんの敵だなんて。なあ風呂好きさん。どこへ行くって言ってたんだ?」
「フロイスです。ああ、そういえば言っていましたね」
フロイスはキリストの像を見上げながら言う。
「確か、越前国へ向かうとおっしゃっていました――」