弐 之 逆落し
文字数 870文字
細い鉄骨の端で広げた腕でバランスを微妙に修正しながら右に傾く理由に、握りしめている普段は重さの気にならぬ鞄が異様に重く感じることに誰かが中にダンベルでも入れたのじゃないかと気が動転した。
気をゆるすと途端に上半身が右に持っていかれる。
いや、いや、これは夢だ。
電車の長座席で居眠りをして上半身を揺らしているから見たろくでもない夢だ。
額からの冷や汗が鼻筋の横を流れ上唇にそって口角に触れた。そのしょっぱい味に夢だという現実逃避が崩れ去る。
恐ろしいほどの現実感に口を
短く浅い息を繰り返しながら足元を見下ろして
靴底の両側面が空中にはみ出しているのだ。
これじゃあ絶対に足を踏み換えることなど無理だと思った。
たとえここが十メートルの高さでも無理だ。
片足をしっかりと鉄骨に乗せるにはもう片足を空中に浮かせなければならない。
鞄握った腕を右に突き出しているので右に足を振り出せば確実に右側から落ちてしまう。
浅い息がさらに早くなる。
もうかれこれ一時間近くここでこうしてると思って、いいや五分ぐらいだと気づいた。
大声をあげて誰か助けを呼ぼうかと考えた。
声を振り絞って誰か助けてくれと叫んだ。
その後の荒い呼吸ですらバランスを
そうだ鞄を手放せばもっとバランスが取りやすいはずだと今になって気づいた。
鞄の中に入れているものは大したものはない。
いや今日の会議で使う販売企画をまとめた書類が入っていると思いだした。
そんなもの命に代えられるかと捨てる気持ちに傾く。
助かったら下で鞄探せばいい。
指開いて鞄を手放した瞬間、軽くなった反動で左に傾いて慌てて上半身を横に振って平行を保とうとした。
冗談じゃないぞ。こんなところから落ちてたまるものかと怒りにも似た感情がわき起こる。
これで身軽になったと安心した直後、もっと困ったことに気づいた。
急に用を足したくなった。