壱 之 指
文字数 1,217文字
終業時間がきて
生産ラインを見まわしてまだ片づけが終わってないじゃないかと、数人を指さし怒鳴った。
帰りかけたその従業員らが振り向いてその一人が渋々と持ち場に戻ると放りだしてある道具を所定の場所に仕舞いだした。
コンベアーのラインに流れるのはコンビニ用の弁当だった。食品ラインなので整理整頓を
そういつも従業員やパート・アルバイトの人らに注意喚起しているのに自覚が足りない。食中毒でも出せば営業停止になりその分の収入が減るのにそんなことすら理解できないらしい。
なまじ管理職をやらされると、
女の従業員やパート・アルバイトが多く、必然のように物言いやすさだけで同性の自分が選ばれた。
五分ほどで数人が片づけ終わるのを確認し、生産記録の各用紙をまとめると最後に照明を消して部所を出て事務所に向かった。
書類を提出すれば帰宅できる。
肩の荷が下りて楽になる時間なのに気持ちはいつも晴れなかった。帰りながら今日は何回指さし怒鳴ったかを思いだす。
指さし怒鳴ると心の中で何かが
それは罪の意識なのかとくよくよ考えた時期もあった。
だがそんな感覚も鈍り、毎日何かが
帰りに気分転換でもしようと、繁華街に食事に出かける。
一人暮らしは自由気ままだった。家で作るも外食にするのもその日で気まぐれに選んだ。
夕暮れの人混みを見ていて、生産ラインで働く人らを思いだした。
この人らもどこかの会社で誰かに指さされ怒鳴られているのだろうか。
自分もそんな時期があった。
下積みを重ね立場が変わり、腕を振り上げ怒鳴りつける。
自分が指さされているみたいだと、心の片隅で思うのだろうか。
ぼうっと歩いていて、すれ違う歩行者の陰から出てきた誰かにぶつかりよろめいた。
ちょっと、気をつけなさいよと口走った先で尻餅をついて歩道に身を起こす老婆と目が合った。
いきなりその老婆に指さされ言い放たれた。
心するがよい! 指さされてはならない。最後だと思え。
何を言いだすのだと、人混みの中で歩道に座りこんだ老婆を避け、先を急いだ。
最後だなんて。指さされ命を奪われるなら、あの老婆に殺されたことになる。
冗談じゃないと無視した。
その後、何事もなく入る店を決め料理を頼みお腹がくちくなると老婆から言われたこともすっかり頭から抜け落ちていた。
店を出ると陽も落ちて暗くなり、人の流れも緩やかになっていた。
信号待ちで横断歩道の前にいると六車線先の歩道で待つ人が目にとまる。
白い何の飾り気もないワンピースを着た中年の女だった。
その女が腕を上げていることに気づいた。
最初は何をしているのか理解できなかった。
よく見ると指さしている。
老婆の言葉を思いだした。
何を指さしているのだと凝視していると、往来の激しい車道にその女が指さしたまま、歩みでてきた。