肆 之 細工

文字数 1,261文字


 町医者が来るのに半時間もかかった。

 下手に動き回り出血が増えるのを母さんが止めた。

 医者が来るまで傷口をタオルで押さえその上から氷嚢(ひょうのう)で圧迫して待つ。

 畳に寝っ転がり私が何をしたのとふてくされる。

 大切な顔に傷が残るだろうか。

 割れたお皿は髪の生え際に食い込んだ。

 包丁が手に落ちてたら、指が一本なくなったかもしれない。

 指と顔を選ぶなら、無傷な顔を選ぶ。

 傷口を隠すヘアースタイルは限られる。

 パッツンおかっぱなんて死んでも嫌だ。

 私の人生終わったな。

 呪われて終わっちゃった。

 ムスッとして足をばたつかせる。




 町医者に四針も縫われた。

 縫い跡が目立たぬ様にと丁寧に時間かけて。

 絶対に聞かれる。将来付き合う人に笑われる。

 西瓜(すいか)を支え損なって、皿で額を切ったのだ。

 そそっかしいと思われる。

 そんな事あるもんか。

 腐ってた床板が悪い。

 こんな家に住んでたお婆ちゃんが悪い。

 そうは思いたくないけれど。

 母さんにあんまり歩き回るとまた血が出るよと言われ、畳に寝っ転がって細工箱を両手でいぢる。

 放りだした拍子か、二枚目の細板が外に飛びだしてた。

 六面あるから、あと四枚どこか動くはず。

 パズルキューブよりも熱心に指でくるくる回して動きそうな板を探す。

 こうやって寝っ転がっていたら怪我もしない。

 どんなに呪われていても何も起きない。

 それぞれの板が押しあっているなら、次に動く三枚目は動いた二枚目のずれ残った溝に近い板だ。

 だけど周りの板を指で押すけどぜんぜん動きそうにない。

 おかしいな? 考えは間違ってないはずなのに。

 それに飛びだした二枚の細板が指で押しても戻らない。

 どんな仕組みになってるんだろうか?

 中で小人(こびと)が押さえてるとか。

 箱が開かない様に頑張ってるとか。

 宝を盗られてなるものか、と一生懸命。

 馬鹿な事を考えてないと、額の縫い目に意識が集まる。

 子どもに、あのお姉ちゃんと指さされる。

 フランケンだと言われながら。

 化粧すれば隠せるかな。

 ファンデーション多めに重ね塗る。

 ああ、厚化粧と言われそう。

 やっぱり前髪パッツンしかないのかな。

 唸りながら指に力を込めた。

 今まで動いてなかった細板の一つが(わず)かにずれた。



 あっ、動きそう。



 両手の人差し指でぐいぐい押す。

 爪の幅に細板が飛びだしてるのに動かない。

 細工箱の向きを変えてぎゅーと力を入れた。

 すーっと箱の外に板が飛びだした。



 指で押すよりも早く飛びだした。



 何か変だとは思った。

 まるで自分から動いたみたい。

 そんな事ないだろうと、しげしげと見つめる。

 うーん、わかんない。

 どうなってるのと、思いながら急に寝転がる向きを変えた。

 伸ばした両足が箪笥(たんす)にぶつかった。

 (したた)かに右足の小指をぶつけて、あまりの痛さに(ひざ)を曲げて伸ばした右手でつかんだ。

 その(ひざ)がまた箪笥(たんすに)ぶつかった。

 呪われてると思った瞬間、箪笥(たんす)の上で何かが傾いた。


 何かがバランスを崩しかかっている。



 あっ! と声にだした刹那──。





 一瞬でガラスケースに入った日本人形が襲いかかってきた。





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