伍 之 指
文字数 1,554文字
鉄製のドアが押されたボール紙の菓子箱みたく盛りあがった。
ありえない!
男の人が蹴ってもこうはならない。
叩 きつけてるのか、蹴っているのか──。
体当たりしてるのか──も。
そんなわけはない。
ガンガンという音に我に返る。急いで警察を呼ぼうとリビングの電話機に小走りになった。
受話器をつかみ110のプッシュボタンを素早く押し込む。
何と説明しよう!? 女が、得体の知れない女が、家のドアを蹴り破ろうしてる。そうありのままに話すしかない。
受話器を耳にあて、聞き慣れない音が聞こえてきた。
話し中の電子音とも、呼び出し音とも違う。
聞いた事もない音が繰り返されている。
受話器を置く部分のボタンを押し込み一度切ってかけ直す。プッシュ音は聞こえてもその先で聞き慣れない音が続く。もしやと思い勤め先へかけてみた。
呼び出し音が鳴らない!
電話機が──電線が切れている!
玄関ドアを叩 く音が一際大きく聞こえ、それが止むとバリバリと聞こえだした。
ドアが破られかかっている!
スマホをポシェットに入れていたのを思いだした。ポシェットはどこなのとリビングを見渡し、玄関に入り靴箱の上に鍵ごと置いたのを思いだす。
メリメリととんでもない音が聞こえる玄関に取りに行けない!
逃げるしかない。
ここから逃げるしか!
とっさに選んだのはテラス窓だった。キッチンには扉がない。バスルームには磨りガラス戸があるだけだ。唯一の可能性に飛びついた。
勢いよくガラスの引き違い戸を開け畳3枚もない狭いテラスへ飛びだす。
住宅街を見下ろしこの高さからと8階に住んでることを呪った。
左右を見て火災の時はこの壁を破るという赤い文字が目に飛びこんだ。自分に破れる仕切り壁なのか!? 厚みはわからなくとも、一瞬で突き破れる自信がない。
背後でドンと大きな音がした。
まごまごしてる余裕なんてなかった。
一気に手すりによじ登り仕切り壁をつかみ隣りへ足をさしだした。爪先を確かめようとして目の下に連なる8階分の手すりが見え震えあがった。
自分の部屋に視線を戻すとリビングのドアがゆっくりと開き始めワンピースの白い袖 と腕に掛かった長い乱れ髪がはっきりと見えた。追い詰めた余裕か、走り込んでこないことの方が我慢できない不気味さに思えた。
刹那、意を決して隣りのテラスへ転がり込んだ。
鉄製ドアを壊し入ってきた奴だ。仕切り壁なんて簡単に破られる。住人がいたら逃がしてもらおうとテラスのガラス戸へ目を游 がせた。リビングにも寝室にも人影がない。照明も消えている。
発作のように反対の仕切り壁へ駆けてもう一度手すりに這 い上がる。さらに隣に渡ろうとして視界の端で白いものが動いて瞳を振り向けた。
白いワンピースの女が壁を破らずにテラスの手すりへ登っている。顔は前に掛かった長髪に隠れ見えていない。青白い指が仕切り壁を鷲掴 みにしワンピースの女が手探りで渡ろうとしていた。
追いつかれたら、とんでもない終わりが待っていると予感が脅し続けた。
一度乗り切ったなら二度目も越えられる。さらに隣のテラスに飛び降りて、奥の仕切り壁へ駆け出した。走りながら部屋を横目で見てゆく。ここの住人も昨夜からいないのか、早朝に出かけたのか無人だった。
迷わずに一気に手すりへよじ登る。勢いをつけすぎて手すりの外へ落ち掛かり冷や汗が吹き出した。刹那、離れた背後でコンクリートの床にとんと降りた音が聞こえた。
隣に来た。
間髪入れずに三世帯先のテラスへ飛び込んだ。
そこのテラス戸にはカーテンが掛かっていた。ガラス戸を両手で叩いて住人を呼んでみる。数秒しても反応がなかった。
もう一つ先へ逃げるしかない。
駆けようとした先の仕切り壁を見て顔を引き攣 らせた。
壁がコンクリートになっていた。
ありえない!
男の人が蹴ってもこうはならない。
体当たりしてるのか──も。
そんなわけはない。
ガンガンという音に我に返る。急いで警察を呼ぼうとリビングの電話機に小走りになった。
受話器をつかみ110のプッシュボタンを素早く押し込む。
何と説明しよう!? 女が、得体の知れない女が、家のドアを蹴り破ろうしてる。そうありのままに話すしかない。
受話器を耳にあて、聞き慣れない音が聞こえてきた。
話し中の電子音とも、呼び出し音とも違う。
聞いた事もない音が繰り返されている。
受話器を置く部分のボタンを押し込み一度切ってかけ直す。プッシュ音は聞こえてもその先で聞き慣れない音が続く。もしやと思い勤め先へかけてみた。
呼び出し音が鳴らない!
電話機が──電線が切れている!
玄関ドアを
ドアが破られかかっている!
スマホをポシェットに入れていたのを思いだした。ポシェットはどこなのとリビングを見渡し、玄関に入り靴箱の上に鍵ごと置いたのを思いだす。
メリメリととんでもない音が聞こえる玄関に取りに行けない!
逃げるしかない。
ここから逃げるしか!
とっさに選んだのはテラス窓だった。キッチンには扉がない。バスルームには磨りガラス戸があるだけだ。唯一の可能性に飛びついた。
勢いよくガラスの引き違い戸を開け畳3枚もない狭いテラスへ飛びだす。
住宅街を見下ろしこの高さからと8階に住んでることを呪った。
左右を見て火災の時はこの壁を破るという赤い文字が目に飛びこんだ。自分に破れる仕切り壁なのか!? 厚みはわからなくとも、一瞬で突き破れる自信がない。
背後でドンと大きな音がした。
まごまごしてる余裕なんてなかった。
一気に手すりによじ登り仕切り壁をつかみ隣りへ足をさしだした。爪先を確かめようとして目の下に連なる8階分の手すりが見え震えあがった。
自分の部屋に視線を戻すとリビングのドアがゆっくりと開き始めワンピースの白い
刹那、意を決して隣りのテラスへ転がり込んだ。
鉄製ドアを壊し入ってきた奴だ。仕切り壁なんて簡単に破られる。住人がいたら逃がしてもらおうとテラスのガラス戸へ目を
発作のように反対の仕切り壁へ駆けてもう一度手すりに
白いワンピースの女が壁を破らずにテラスの手すりへ登っている。顔は前に掛かった長髪に隠れ見えていない。青白い指が仕切り壁を
追いつかれたら、とんでもない終わりが待っていると予感が脅し続けた。
一度乗り切ったなら二度目も越えられる。さらに隣のテラスに飛び降りて、奥の仕切り壁へ駆け出した。走りながら部屋を横目で見てゆく。ここの住人も昨夜からいないのか、早朝に出かけたのか無人だった。
迷わずに一気に手すりへよじ登る。勢いをつけすぎて手すりの外へ落ち掛かり冷や汗が吹き出した。刹那、離れた背後でコンクリートの床にとんと降りた音が聞こえた。
隣に来た。
間髪入れずに三世帯先のテラスへ飛び込んだ。
そこのテラス戸にはカーテンが掛かっていた。ガラス戸を両手で叩いて住人を呼んでみる。数秒しても反応がなかった。
もう一つ先へ逃げるしかない。
駆けようとした先の仕切り壁を見て顔を引き
壁がコンクリートになっていた。