拾弐 之 穴

文字数 864文字



 曲げた指が壁に傷を刻んでいる。



 土壁がボロボロと削れていた。


 眼にした瞬間、横に手を伸ばしバットをつかんでいた。

 道路に飛び出す猫のように襲いかかる。

 金属バットが命中し、壁から突きでたそれ(・・)が折れると思った。

 下唇を噛みしめ、睨みつけながら腕を振るう。

 髪を振り乱して両手の獲物を加速させた。

 叩き千切ってやる。

 何度か土壁を殴り表面が(えぐ)れた。

 何遍も殴りつけ、幾度も鈍い音が聞こえ、呪文の(ごと)く手のひらに感触を受けた。

 息が切れ、続けられなくて叩くのを止め見つめる。

 突きだしたそれがぐったりと垂れ下がっている。

 折れたのだろうか!?

 でも壁向こうから叫び声どころかうめき声一つ耳にしてない事に気づいた。

 イラつきよりも、ムカつきからくる吐き気が居座っていた。

 垂れ下がった指がピクリと動く。

 今になって何かがおかしいと気づいた。

 (ひじ)が外側に曲がっている。


 ありえない角度に。


 やっぱり折れたのだろうか?

 それだけではない。


 肌が湿気を帯びてぬらぬらしている。


 動き始めた指先の爪が異様に汚く伸びきっていた。


 我慢できなくなり、両手でつかんだ金属バットをまた振り上げた。

 その須臾(しゅゆ)、恐ろしい速さで腕が穴の中に引き込まれた。

 ポッカリと開いた穴を見つめ、口で空気を求めて浅い呼吸を繰り返していた。

 すぐに出してくると思い見つめ続けた。

 またくる!

 奴は嫌がらせに快楽を感じてる!

 バカの一つ覚えの様に──。


 ダメだわ──穴がこれ以上大きくなったらこっちへ乗り込んで来るかもしれない。


 怒りを感じながらもその場にへたり込んだ。

 金属バットを握りしめながら恐怖を感じてる。

 乗り込まれたら殴り倒せばイイだけなのに苛立ちから逃れられない。

 来るなと叫びたかった。

 声に出した瞬間、負けだと思った。

 いいようにされてたまるか!

 バットを畳に突いて立ち上がる。

 今なら隣にいるのだ。

 なら──こっちから乗り込んでやる!

 殴り倒し、動かなくなっても、叩いてやる。



 お前の頭を叩き割ってやる!



 土間に下り、ミュールも履かずにドアを押し開けた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み