拾肆 之 穴

文字数 1,314文字


 バットの先をつかみ部屋へと戻った。

 穴を避け反対側の壁沿いを歩き部屋の奥へ行く。

 畳に座り込みつかんだままのバットを見つめる。

 これはどれくらい強いの?

 ええ、そりゃあ木製に比べたら折れるなんてないですよ。

 男の人でも折れない?

 男の人? ああ、そりゃあ男の人が真芯をとらえられなくても、ビクともしませんから。

 まあいいわ。折れないなら振り回し何度殴っても大丈夫なのだ。



 そのはずの金属バットがねじれてる。



 細い握り手が波打っていた。



 折れるより有り得ないと思った。



 隣の奴は、私から奪い取って両手で握っただけ。力を込める素振りも見せてない。

 もし 私の 腕を つかまれてたら──。

 (かぶり)振りバットを放り出し立ち上がった。

 私の手に負えな、と(つぶや)き穴とは反対側の壁際を移動する。

 土間に転がったミュールを履いて部屋を後にした。

 鍵なんて掛けない。

 あんな穴が開けられてて意味がない。

 まっすぐに向かう。

 同じ大学のアメフトをやってる先輩。

 体格で隣の奴に負けてない。上回ってる。

 何度か遊びに誘われて、いつも理由付けて断ってた。

 私から頼っていけば、力になってくれる。

 隣の奴をへこませたら、デートでも何でもしてやる。

 どう話したらいいだろうかと、半時間考えながら彼の家に着く。

 呼び鈴を鳴らしたら、彼が出てきた。

 笑顔をつくり元気か尋ねる。

 そうなの。絶好調なの。この暑いのにも負けないのね。

 顔色が良くないと気遣ってくれた。

 実はお願いしたいことがあるの、と切りだす。

 隣に変な男が越してきて、壁に穴あけてストーカーしてくるの。

 二度とそんな気を起こさないように叩き潰して欲しいの。

 ただでとはいわないわ。倒してくれたら彼女になってあげる。

 先輩が目尻を下げた。

 こいつ乗ったぞ、と思った瞬間、今から行こうと玄関から出てきてドアを閉じた。

 アパートに向かう間、何をされたかとしつこく聞かれる。

 犯されかかったと、強姦されそうになったと大げさに話す。

 そいつの手足へし折ってやると拳の関節を鳴らす。

 コイツなら大丈夫そうだ。

 殺しちゃってもかまわないよ。

 あんなキモイ奴いなくなればいい。

 先輩は勢いをつけようとコンビニでビールを買い、二人で呑みながら歩いた。

 素手でも勝てるだろうけれど、なんか使った方がいいよと勧める。

 通り道沿いの空き地に建材が積まれてる。その外に長さが一メートルほどの鉄パイプが転がっていた。

 先輩は辺りを見回し空き地に入るとパイプを拾い上げ歩道に戻ってきた。

 パイプを数回振り回す。

 空気が(うな)る事に驚いた。

 まあ、手足の一つ折れば反省するだろう、そう言う先輩が本気なのを嬉しく思う。

 でも用心してと注意をうながす。バットを(ねじ)った奴だから。

 素手でも大丈夫と言い力こぶを見せつける。それがバットより太い事に安心感があった。

 何かあったら私が手伝えばいい。

 そう思ってるとアパートが見えてきた。

 私の後に先輩が階段を上る。

 鉄階段が(きし)んだ。

 いったい何キロあるのとおかしくなる。

 ドアを開き、奴が入り込んでないか、まず確かめる。

 思わず出入口に立ち続けてしまった。



 穴がバレーボールよりも大きくなっていた。





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