伍 之 細工

文字数 991文字

 両腕で顔を(かば)いながらガラスケースから身体を逃がした。

 転がった真横にケースが落ちて、割れたガラスが畳を切り裂いた。

 どきどきしながら、顔を覆った指の間から落ちてきたものの残骸を見やる。

 横たわる日本髪のとれかかった人形が唇を吊り上げてる様で不気味だった。

 母さんが床の間を覗き込んで驚いた。

 ガラスケースが落ちてきたと説明する。

 あんたが落としたんでしょ、と怒られた。

 一日に三度も馬鹿じゃないのと好き勝手。

 私のせいじゃないもんと口を尖らせた。

 細工箱を拾い上げ立ち上がる。



 拾い上げたものの異変に気がついてじっと見つめる。



 外に飛びだしていた細板の一枚が戻っていた。



 二枚しか飛びだしていない。



 ガラス、片付けときなさいと母さんに言われた。

 割れたガラス入れるバケツ取って来ると部屋をでた。

 廊下を歩きながら右手に握った細工箱をしげしげと見つめる。

 そういえば、一枚飛びだすと何か起きてるような気がした。

 まさか──ただのまぐれ。

 三度目は怪我しなかったから戻ったとか。

 ありえないでしょ、そんなこと。

 右手を下ろして台所に入る。

 バケツは勝手口の土間に置いてある。

 近寄るとバケツに傘が数本突っ込んであった。

 あー、もう。これじゃあ、持っていけない。

細工箱を食器棚の突き出しに置いて、傘に手を伸ばした。



 えっ!?



 手を伸ばしたまま振り向いた。

 食器棚の細工箱から三枚の細板が飛びだしていた。

 いやいや、見間違いだし。

 一度、バケツへ視線を下ろし、ふたたび食器棚へ頭を向けた。



 三枚、飛びだしている。



 怖気(おぞけ)が背中を()い上がる。

 大丈夫。だいじょうぶだよ。

 言い聞かせるように顔を(そら)らした。

 用心してたら、何も起きっこない。

 数本の傘を右手で鷲掴(わしづか)みしてバケツから引き抜いた。

 いきなりその一本がバンって開いた。

 うわっ、て声を出し後ずさる。

 バランスを崩し、何も持ってない左手を後ろに泳がせた。

 壁に手のひらが当たり、支えにしようと体重をのせる。

 バリン、と音がして左手のひらがさらに後ろに逃げた。

 なっ!? なに!?

 後ろに倒れながら、自分の後ろに伸ばした左手へ顔を振り向けた。



 突き破った食器棚のガラス戸の牙が(ひじ)の手前まで切り裂いた。



 慌てて抜こうとしながら、そこへ倒れ込んで、割れたガラスの口で腕を振り回してしまう。




 食器棚に積まれた白いお皿が噴きだした(あか)で染まり始めた。





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