漆 之 指
文字数 1,479文字
天と地がひっくり返る。
凄まじい衝撃に両肩から腕が抜け落ちたと思った。
何か掴 まないと駐車場のアスファルトに叩 きつけられる。
その思い一つが、指に触れたものを反射的に握りしめた。
衝撃と同時に階下のテラス手すりを握りしめ、その基部のコンクリートに激しくぶつかった。
痛いなんてものじゃない。
ぶら下がっているのが奇跡だと感じた。
自分がこの一瞬に生涯の運すべてを使い切った気がした。
これで終わったわけじゃない。
八階テラスからあの異常女が飛び下りてくるかもしれなかった。
もたもたしていられない。
早くテラスに上がり逃げないと!
だけど両腕が痺 れ、今にも指を開いてしまいそうな気がするのを否定し続けた。
七階から落ちるも八階から落ちるも変わりない。どの道、落ちれば助からない。
上がれ──なんとしても──登りきれ!
自分を励 まし続け震える腕が僅 かずつ曲がると身体が持ち上がる。
こんなことを一時間も続けてる気がしだした。
鼻先を汗が流れ幾つも滴り落ちてゆく。
あの汗のように落ちちゃダメだ!
気力があるうちに──腕力が尽きないうちに────。
手すりが額の直前にまで迫る。
八階のテラスが気になり見上げたいが、そんな余裕すらなかった。
見たら見たで、あの女が覗 いていたら、それだけで指を開いてしまいそうだ。
どれくらい時間が過ぎたのかさえわからず、握り手が眼の高さにまで下りてきた瞬間、強引に右腕を手すりの上に突き出し痛む肩を引き上げた。
テラスに転がり込むように入り、座り込みそうになりダメだと言い続けエアコンの室外機にしがみついて立ち上がった。
半開きのカーテンの間 から見える室内に人影はない。
ガラス戸を両手のひらで叩 いてみた。
誰かいたら、すがって助けてもらわないと余力が底をついていた。
僅 かに待つその時間にも上の階からあのワンピース女が飛び下りて平気でテラスに上がり込みそうな気がし続けた。
待ってられない!
住人がいて揉 めても構わない。
警察を呼んでくれたら好都合だわ!
テラスに置かれた瀬戸物の植木鉢 を発作のようにつかみ上げ思い切ってガラス戸にぶつけた。
バラバラに植木鉢 が砕 け土と名も知らぬサボテンが膝 元に散らばる。
どうしてこんなに硬いの!?
大きな音にも住人は出てこない。やっぱりここも留守なんだ!
ガラス戸を割るものを、と広くもないテラスを必死で見まわした。
布団叩 きの棒と物干し竿 、サンダルにビニールに入ったスキー板ぐらいしかない。
ふと、ガラス戸に当ててる左手のひらが震えてるような気がした。
疲れきった腕か指が痙攣 してるのかと思った。
間隔をおいてガラスがびりびりと震えてる。
恐るおそる耳を当ててみる。
鉄板を叩 くような大きな音が室内に響いていた。
鉄板を叩 く────!?
嘘よ──そんな────!
あの白のワンピース女が一度は玄関戸を壊して入り込んできたことを思いだしていた。
テラスを飛び下りては来なかった。
階段かエレベーターで来たんだ!
もたもたしていて回り込まれた!
戦い抜けばいい。スキー板を振り回し殴り倒す。その隙 に廊下へ逃げる。
無理よ! あんな奴に勝てるわけがない!!
立ち上がって手すりに身を逃がした。
背中に当たった手すり一つで確かなのは、そこしか逃げ道が残されていない事。
六階に飛び下りるなんて嫌よ!
カーテンの間 に見えるリビングドアがゆっくりと開いてノブをつかむ白い袖 の女性の手が見えだす。
その手首に垂れ下がった長い乱れ髪が見えた須臾 。
生唾を呑み込んで自分に勢いをつけ、手すりを乗り越えた。
凄まじい衝撃に両肩から腕が抜け落ちたと思った。
何か
その思い一つが、指に触れたものを反射的に握りしめた。
衝撃と同時に階下のテラス手すりを握りしめ、その基部のコンクリートに激しくぶつかった。
痛いなんてものじゃない。
ぶら下がっているのが奇跡だと感じた。
自分がこの一瞬に生涯の運すべてを使い切った気がした。
これで終わったわけじゃない。
八階テラスからあの異常女が飛び下りてくるかもしれなかった。
もたもたしていられない。
早くテラスに上がり逃げないと!
だけど両腕が
七階から落ちるも八階から落ちるも変わりない。どの道、落ちれば助からない。
上がれ──なんとしても──登りきれ!
自分を
こんなことを一時間も続けてる気がしだした。
鼻先を汗が流れ幾つも滴り落ちてゆく。
あの汗のように落ちちゃダメだ!
気力があるうちに──腕力が尽きないうちに────。
手すりが額の直前にまで迫る。
八階のテラスが気になり見上げたいが、そんな余裕すらなかった。
見たら見たで、あの女が
どれくらい時間が過ぎたのかさえわからず、握り手が眼の高さにまで下りてきた瞬間、強引に右腕を手すりの上に突き出し痛む肩を引き上げた。
テラスに転がり込むように入り、座り込みそうになりダメだと言い続けエアコンの室外機にしがみついて立ち上がった。
半開きのカーテンの
ガラス戸を両手のひらで
誰かいたら、すがって助けてもらわないと余力が底をついていた。
待ってられない!
住人がいて
警察を呼んでくれたら好都合だわ!
テラスに置かれた瀬戸物の
バラバラに
どうしてこんなに硬いの!?
大きな音にも住人は出てこない。やっぱりここも留守なんだ!
ガラス戸を割るものを、と広くもないテラスを必死で見まわした。
布団
ふと、ガラス戸に当ててる左手のひらが震えてるような気がした。
疲れきった腕か指が
間隔をおいてガラスがびりびりと震えてる。
恐るおそる耳を当ててみる。
鉄板を
鉄板を
嘘よ──そんな────!
あの白のワンピース女が一度は玄関戸を壊して入り込んできたことを思いだしていた。
テラスを飛び下りては来なかった。
階段かエレベーターで来たんだ!
もたもたしていて回り込まれた!
戦い抜けばいい。スキー板を振り回し殴り倒す。その
無理よ! あんな奴に勝てるわけがない!!
立ち上がって手すりに身を逃がした。
背中に当たった手すり一つで確かなのは、そこしか逃げ道が残されていない事。
六階に飛び下りるなんて嫌よ!
カーテンの
その手首に垂れ下がった長い乱れ髪が見えた
生唾を呑み込んで自分に勢いをつけ、手すりを乗り越えた。