捌 之 細工
文字数 1,959文字
吸っても吸っても息が足りない。
浅く速い呼吸で眼を覚ました。
真っ白な天井が見えて布団まわりにベージュの薄いカーテンが下がってる。
どうして婆ちゃんちにこんなカーテンがあるんだと困惑した。
そのカーテンが息苦しくて開こうと手を横に伸ばした。
その腕や手のひらすら真っ白で驚いた。
よく見ると包帯がびっしりと巻いてある。
ハッとしてカーテンをつかんだ手を放し顔にあてる。包帯を巻かれた指でまさぐると顔の包帯が微かにずれ動いた。
眼と鼻の穴と、唇を残して包帯で覆いつくされてる!
母・さ・ん──と声に出したら、外からカーテンが開かれた。
ベッドの横に椅子に座った母さんが目尻を下げて見つめていた。
病院に搬送されて六時間も昏睡してたと教えられた。
搬送? はんそう──何があったの!?
思いだそうとすると、頭がズキズキと痛んだ。
どうしたの? 私に何が起きたの?
たずねると、心配はいらないと言われ、良い皮膚科に転院手続きをしてあるからと、なだめるように、勇気づけるように、母さんから言われた。
なにが! あったのよ!?
思わず声を荒げた。
あんたが庭でガソリン使って何かを燃やそうとして、ポリタンクに引火して大火傷 をしたの。
すぐにバケツで水をかけたけれど、なかなか消えなくて、五回もかけたのよ、と教えられた。
膨れ上がった赤と橙の炎を思いだした。
焼かれるのが、熱いのでなく、引き裂かれるように痛いのだとその時に初めて知った。
数百万本のまち針を同時に体中に刺されてるようだと感じて吸いこむ息さえ喉と肺を蹂躙 した。
逃れようとフラついたらポリタンクを蹴り倒してさらに厚い熱が数億の剣 のごとく刺さってきた。
叫び声をあげて逃げだそうとして気を失ったんだ。
何を燃やそうとしたの? 自分に問いかけて、震えがひどくなり始め、母さんがナースコールを押すのが見えていた。
すぐに看護師が来て数回名前を呼ばれ、母さんに娘さんがベッドから落ちないように押さえててと伝え、クランケの意識が混濁してると言いながら、何かを取りに廊下へ戻って行った。
重苦しい息に眼を覚ます。
瞼 すら自由にならずに苛 ついた。
空気が吸っても吸っても足りない。
天井が薄暗く、廊下からの明かりが天井にさえ伸びていた。
僅 かに横へ顔を振り、ベッドサイドを見ると、真っ暗な窓が見えた。
間に点滴台があり、半透明の薬が入ったパックが下がっていてベッドの方へチューブが伸びていた。
逆へ顔を向けると病室の出入り口が見えた。
母さんがいなかった。
何時だろうかと、眼を游 がせた。
ベッドサイドの縦に細長い台の上に小さな置き時計が秒針を刻んでいた。
十一時を少し過ぎてた。
どうしてこんなに息苦しいのかイライラする。鼻で足らずに口で大きく吸い込んだ。
遅いから母さんは帰ったのかもと考えた。
クラクラする頭で昼間の事を考えた。
何かを──ぜったいに燃やさなくてはとガソリンを使った。
燃え揺れる火焔の中に薄い影が見えていた。
真四角の小さな箱。
揺れる赤いカーテンの先でその箱から一枚、一枚の細板がすーぅとせり出してくる。
息苦しくなり頭の上に片手を伸ばし、ナースコールのスイッチを探す。
そうだわ。あの呪い箱を燃やそうとして逆にやられたんだ!
細板は全部で四枚。四枚目が──新しい細板が出てきて酷い目にあったんだ。
荒く浅く速い呼吸を繰り返してると、出入り口から看護師がどうされました? と声をかけながら入ってきた。
息苦しいの。空気が、吸っても吸っても足りないの。
ゼエゼエいう寸前だった。
看護師がベッドの頭の奥に手をやり、いきなり呼吸が楽になった。
酸素を増やしましたから落ち着いてと説明された。
手を顔に持ってくると、鼻の下に横向きに細いチューブが渡されていて、鼻の穴へ向けそこから短いチューブが突き出していた。
安心して一度瞼 を閉じた。
そうしながら、自分があの呪われた細工箱を燃やしたのだと安心した。
眼を閉じると音がよく聞こえた。病室や廊下が静かで耳はしっかり働いている。
私はあの箱のせいで全身に火傷 したんだ。
額の縫い傷みたく髪では隠せない。
身体中に醜い傷痕が残ってしまう。
この先一生、傷を見るたびに箱を思いだす。
ため息をついたら、鼻下のチューブの出口がシューシューうるさい事に気づいた。
なんだか夢見が悪くなりそうと、酸素バルブを絞ろうと両手を頭の上に伸ばす。
左手の指が何かに触れた。
ベッドの外でなく、枕上の横、シーツの上にある。
首が曲がらず見えないので指でまさぐった。
大きさは小さく、形が四角く、まるで──。
四角い!?
左手でつかみ顔の前に引き寄せて、眼を強ばらせ息を一気に吸い込んだ。
手でつかんでるのは、綺麗 な細工箱だった。
浅く速い呼吸で眼を覚ました。
真っ白な天井が見えて布団まわりにベージュの薄いカーテンが下がってる。
どうして婆ちゃんちにこんなカーテンがあるんだと困惑した。
そのカーテンが息苦しくて開こうと手を横に伸ばした。
その腕や手のひらすら真っ白で驚いた。
よく見ると包帯がびっしりと巻いてある。
ハッとしてカーテンをつかんだ手を放し顔にあてる。包帯を巻かれた指でまさぐると顔の包帯が微かにずれ動いた。
眼と鼻の穴と、唇を残して包帯で覆いつくされてる!
母・さ・ん──と声に出したら、外からカーテンが開かれた。
ベッドの横に椅子に座った母さんが目尻を下げて見つめていた。
病院に搬送されて六時間も昏睡してたと教えられた。
搬送? はんそう──何があったの!?
思いだそうとすると、頭がズキズキと痛んだ。
どうしたの? 私に何が起きたの?
たずねると、心配はいらないと言われ、良い皮膚科に転院手続きをしてあるからと、なだめるように、勇気づけるように、母さんから言われた。
なにが! あったのよ!?
思わず声を荒げた。
あんたが庭でガソリン使って何かを燃やそうとして、ポリタンクに引火して大
すぐにバケツで水をかけたけれど、なかなか消えなくて、五回もかけたのよ、と教えられた。
膨れ上がった赤と橙の炎を思いだした。
焼かれるのが、熱いのでなく、引き裂かれるように痛いのだとその時に初めて知った。
数百万本のまち針を同時に体中に刺されてるようだと感じて吸いこむ息さえ喉と肺を
逃れようとフラついたらポリタンクを蹴り倒してさらに厚い熱が数億の
叫び声をあげて逃げだそうとして気を失ったんだ。
何を燃やそうとしたの? 自分に問いかけて、震えがひどくなり始め、母さんがナースコールを押すのが見えていた。
すぐに看護師が来て数回名前を呼ばれ、母さんに娘さんがベッドから落ちないように押さえててと伝え、クランケの意識が混濁してると言いながら、何かを取りに廊下へ戻って行った。
重苦しい息に眼を覚ます。
空気が吸っても吸っても足りない。
天井が薄暗く、廊下からの明かりが天井にさえ伸びていた。
間に点滴台があり、半透明の薬が入ったパックが下がっていてベッドの方へチューブが伸びていた。
逆へ顔を向けると病室の出入り口が見えた。
母さんがいなかった。
何時だろうかと、眼を
ベッドサイドの縦に細長い台の上に小さな置き時計が秒針を刻んでいた。
十一時を少し過ぎてた。
どうしてこんなに息苦しいのかイライラする。鼻で足らずに口で大きく吸い込んだ。
遅いから母さんは帰ったのかもと考えた。
クラクラする頭で昼間の事を考えた。
何かを──ぜったいに燃やさなくてはとガソリンを使った。
燃え揺れる火焔の中に薄い影が見えていた。
真四角の小さな箱。
揺れる赤いカーテンの先でその箱から一枚、一枚の細板がすーぅとせり出してくる。
息苦しくなり頭の上に片手を伸ばし、ナースコールのスイッチを探す。
そうだわ。あの呪い箱を燃やそうとして逆にやられたんだ!
細板は全部で四枚。四枚目が──新しい細板が出てきて酷い目にあったんだ。
荒く浅く速い呼吸を繰り返してると、出入り口から看護師がどうされました? と声をかけながら入ってきた。
息苦しいの。空気が、吸っても吸っても足りないの。
ゼエゼエいう寸前だった。
看護師がベッドの頭の奥に手をやり、いきなり呼吸が楽になった。
酸素を増やしましたから落ち着いてと説明された。
手を顔に持ってくると、鼻の下に横向きに細いチューブが渡されていて、鼻の穴へ向けそこから短いチューブが突き出していた。
安心して一度
そうしながら、自分があの呪われた細工箱を燃やしたのだと安心した。
眼を閉じると音がよく聞こえた。病室や廊下が静かで耳はしっかり働いている。
私はあの箱のせいで全身に
額の縫い傷みたく髪では隠せない。
身体中に醜い傷痕が残ってしまう。
この先一生、傷を見るたびに箱を思いだす。
ため息をついたら、鼻下のチューブの出口がシューシューうるさい事に気づいた。
なんだか夢見が悪くなりそうと、酸素バルブを絞ろうと両手を頭の上に伸ばす。
左手の指が何かに触れた。
ベッドの外でなく、枕上の横、シーツの上にある。
首が曲がらず見えないので指でまさぐった。
大きさは小さく、形が四角く、まるで──。
四角い!?
左手でつかみ顔の前に引き寄せて、眼を強ばらせ息を一気に吸い込んだ。
手でつかんでるのは、