参 之 穴

文字数 802文字



 大学の単位が欲しくてきちんと講義をうける。


 たったの十分で助教授の独善が鼻につき、興味もなくしかけていた。


 解説の間合いに聞こえるのはノートを取るみんなの音。


 カリカリと聞こえ続けて、ふと、どこかで耳にと注意がそれた。


 すぐにそれが、アパートの隣の物音を思い起こさせる。

 隣に越してきたイヤなやつ、一人部屋でお勉強。

 いいや、書きものの音がそんなに聞こえやしないと取り消した。

 じゃあ、いったい何の音なのだろう。

 部屋で彫刻をしてるとか。

 そんな事もないでしょう。

 とにかく何か削ってる。



 午前中に二つも講義受けて昼から解放。日差しに焼かれ日陰伝いに帰路につく。

 住宅街に入ると隠れる日陰もなくなる。

 通学で日焼けなんて嫌だ。
 どうせなら海で焼きたい。

 駄菓子屋の横の街路樹で(せみ)が鳴いていた。
 それなのにまだ梅雨からぬけ切れない。

 お店の前の長椅子に子どもたちが並び腰掛けカキ氷を食べていた。

 おいしそうと。氷の小さな貼り紙に駄菓子屋を(のぞ)き込んだ。

 おばあさんが一人切り盛りしてる。

 宇治金時を頼み、長椅子の端に腰を下ろす。

 蝉が鳴いてる木の下で一人子どもがしゃがみ込んでた。

 何をしてるのかと手元を見た。

 カリカリと折れた小枝で根元をほじってる。

 カリカリと──。

 ふと嫌なことを思いついた。

 そんな事があるわけがないと呆然とする。

 カキ氷代を渡し急いで店を出た。

 アパートまで汗を吹き出させ早足で帰る。

 外階段を駆け上がり外に面した廊下を大股で歩いた。

 部屋の鍵を開け、入るなりドアを閉めずに壁へ視線を走らせた。引っ越してきた隣と隔てる土壁一枚。

 どこにもそれらしいものがなかった。

 安心しかけたその時、壁際の一カ所に薄く低く(ほこり)の山があるのを眼にした。

 何なの?

 指で触れてみてザラザラしている。

 ゆっくり視線を上げてみた。

 腰の高さにそれがあった。



 ボールペンの芯が通りそうな小さな穴が開いてた。





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