捌 之 指
文字数 1,547文字
心のどこかで高 をくくっていた。
八階から七階へ移れたので六階も同じだと思っていた。
眼の前にせり上がってきた下階のテラス。
加速し恐ろしい速さになって迫る手すりへタイミングを合わせ両手のひらを突きだした。
手のひらが弾かれ、曲げた指の最後の一本が手すりの表面を滑り離れてゆく。
顔のそばにあったテラスの境界がぶれて無情にも一気に遠くになると、飛びだした時にはそんなに突き放しはしなかったのに、どんなに手を伸ばしても届きそうにないほどテラス外壁が遠くにあった。
五階の手すりは絶対つかめない──と自分から言い渡され脚からか背中からからかアスファルトに激突するのだと一つしかない予感を受け入れてしまった。
その瞬間って痛いだろうか。
その一瞬って苦しむだろうか。
自分が最初に飛びだした八階があんなに遠くにみるみるうちに離れてしまう。
呼吸を忘れ、瞬 きを放念し、あのワンピース女のことすら頭から抜け落ちていた。
最後に思ったのは、今度住むならテラスの下一面が花壇のある住まい。
土なら助かると、意識のどこかで馬鹿げた風に思った。
身体の後ろから前へ突き抜ける震動に肺の空気すべてが絞りだされ、背中に当たった平らでないものに仰け反ると背中よりも頭が地面の中に食い込んだ。
まわりに飛び散った赤いものが自分の噴き出した血だと思い、その細々 したものが尖っていることを理解できずにいて、横の地面から暗い帽子を被った人が胸の高さまで起き上がってくるのと身体中が痛み走ったのが同時だった。
大声で左右から大丈夫かと言われているのが遠くに聞こえていた。
心の片隅でアスファルトでない何かに自分が落ちたのだとわかったのは、横にいる胸の高さまでしか見えない人が巡査さんだと理解した寸秒だった。
動くなと言われ、救急車をどうのと怒鳴られ、自分よりも低いところにその警察官が潜り込むと、人が飛び下りてきたとどこかへ大声で話す言葉がぐわんぐわんする頭に入り込んできた。
こんなことをしてられない────。
あいつが来る。
白いワンピースの長髪 の奴が来るんだ!
痛みだらけの身体をひねり、止めようとする両方からの腕を突き返し、いきなり滑り落ちると真っ白いひびだらけのフロントウインドが見え、そのまま白と黒のボンネットを通り越しバンパーの前に逆さに落ちて顔の前に赤く丸いライトカバーが見えた。
もう落ちるのは嫌だ、と呟 きながらもがいて足を下にしようとすると両側から巡査らが来て、とにかく動くなと言いくるめられた。
こんなことをしてられないんだ。
あいつが来るんだ。
逃げなきゃ────。
少しでも早く────。
とにかく遠くに────。
ストッキング一枚で立つアスファルトがこんなに痛いんだと足の裏の感触に顔をしかめ、ふらつきながら起き上がると、警官らが座らせようと身体を引っ張った。
感覚のおかしくなった身体を捻 り腕を振り回し、男らの腕を振り切る。
一歩、足を繰りだしたら世の中がねじれて何もかもが回ると地面に倒れこんだ。
その痛みに意識が僅 かにはっきりすると、這いつくばってそこから遠ざかろうと足掻いた。
肩を、腕をつかまれ、動いてはいけないと繰り返す声を無視し駐車場から道路へ逃げる。
いきなり鈍い音が響き、男らが驚きの声を上げた。
這いつくばりながら振り向くと、見えたものに眼を強ばらせた。
パトカー横のアスファルトにあのワンピース女が身体手足をおかしな風に曲げ横顔を地面につけ動かないでいた。
自分から飛び降りてきた!
追いかけるのに近道を選んだんだ!
どう見ても首が折れてる姿で反対に曲がった肘 から先がぴくりと震えた。
いきなりそいつが────その折れた腕の手のひらをがっつりと地面について身体を起こし始めた。
八階から七階へ移れたので六階も同じだと思っていた。
眼の前にせり上がってきた下階のテラス。
加速し恐ろしい速さになって迫る手すりへタイミングを合わせ両手のひらを突きだした。
手のひらが弾かれ、曲げた指の最後の一本が手すりの表面を滑り離れてゆく。
顔のそばにあったテラスの境界がぶれて無情にも一気に遠くになると、飛びだした時にはそんなに突き放しはしなかったのに、どんなに手を伸ばしても届きそうにないほどテラス外壁が遠くにあった。
五階の手すりは絶対つかめない──と自分から言い渡され脚からか背中からからかアスファルトに激突するのだと一つしかない予感を受け入れてしまった。
その瞬間って痛いだろうか。
その一瞬って苦しむだろうか。
自分が最初に飛びだした八階があんなに遠くにみるみるうちに離れてしまう。
呼吸を忘れ、
最後に思ったのは、今度住むならテラスの下一面が花壇のある住まい。
土なら助かると、意識のどこかで馬鹿げた風に思った。
身体の後ろから前へ突き抜ける震動に肺の空気すべてが絞りだされ、背中に当たった平らでないものに仰け反ると背中よりも頭が地面の中に食い込んだ。
まわりに飛び散った赤いものが自分の噴き出した血だと思い、その
大声で左右から大丈夫かと言われているのが遠くに聞こえていた。
心の片隅でアスファルトでない何かに自分が落ちたのだとわかったのは、横にいる胸の高さまでしか見えない人が巡査さんだと理解した寸秒だった。
動くなと言われ、救急車をどうのと怒鳴られ、自分よりも低いところにその警察官が潜り込むと、人が飛び下りてきたとどこかへ大声で話す言葉がぐわんぐわんする頭に入り込んできた。
こんなことをしてられない────。
あいつが来る。
白いワンピースの
痛みだらけの身体をひねり、止めようとする両方からの腕を突き返し、いきなり滑り落ちると真っ白いひびだらけのフロントウインドが見え、そのまま白と黒のボンネットを通り越しバンパーの前に逆さに落ちて顔の前に赤く丸いライトカバーが見えた。
もう落ちるのは嫌だ、と
こんなことをしてられないんだ。
あいつが来るんだ。
逃げなきゃ────。
少しでも早く────。
とにかく遠くに────。
ストッキング一枚で立つアスファルトがこんなに痛いんだと足の裏の感触に顔をしかめ、ふらつきながら起き上がると、警官らが座らせようと身体を引っ張った。
感覚のおかしくなった身体を
一歩、足を繰りだしたら世の中がねじれて何もかもが回ると地面に倒れこんだ。
その痛みに意識が
肩を、腕をつかまれ、動いてはいけないと繰り返す声を無視し駐車場から道路へ逃げる。
いきなり鈍い音が響き、男らが驚きの声を上げた。
這いつくばりながら振り向くと、見えたものに眼を強ばらせた。
パトカー横のアスファルトにあのワンピース女が身体手足をおかしな風に曲げ横顔を地面につけ動かないでいた。
自分から飛び降りてきた!
追いかけるのに近道を選んだんだ!
どう見ても首が折れてる姿で反対に曲がった
いきなりそいつが────その折れた腕の手のひらをがっつりと地面について身体を起こし始めた。